2030年から東証グロース市場の上場維持基準が時価総額100億円に引き上げられる。スモールIPOが現実的でなくなる中、若手経営者の出口戦略はどう変わるのか。ウィルゲート共同創業者・吉岡氏に、ベンチャーM&Aの相場観、2段階イグジットの実態、そして複数オファーが価格を押し上げる理由を聞いた。
今回のゲストは、株式会社ウィルゲート共同創業者の吉岡諒氏。SEO支援で20年間培った人脈を武器に、5年でベンチャーM&A支援73件を手がける同氏に、上場維持基準の引き上げが若手経営者の出口戦略にもたらす影響、そして「2段階イグジット」という新たな選択肢について話を聞いた。
吉岡氏は18歳で起業し、ウィルゲートは設立から20期目、社員約200人規模に成長している。M&A事業を立ち上げて5年、73組の支援実績を持つ。
特徴的なのは、その活動量だ。昼夜の交流会と30分刻みのアポイントを組み合わせ、1日あたり交流会2件と16アポ、月600人の新規ベンチャー経営者と会い続けている。Facebook友達は「実際に会ったことがある人」だけで2万人。
「都内のITベンチャー系経営者でターゲットになる会社が約40万。20〜40代の比率が約20%なので、私は8万社の方と会いたいと思っている。今2万社くらいなので、これをコツコツ続けて全社に会うのが夢です」
月最大300名まで自身でM&A相談を受けるという、極めて人力主導の事業スタイルだ。
話題は本題の上場維持基準へ。2030年以降、東証グロース市場に上場して5年が経過した企業のうち、時価総額が100億円に満たない場合は廃止またはスタンダード市場への申請を迫られる。
「現状、グロース上場で時価総額100億円に満たない会社が約420社。ほとんどが対象です」
さらに上場後の現実は厳しい。上場時から時価総額が半分程度になる企業が一定数あり、PER水準もかつての50倍から最近は15〜30倍に収まるケースが多い。
仮にPER15倍とすると、時価総額100億円に到達するには当期純利益で6〜7億円が必要となる。営業利益ベースでは約10億円。
「営業利益2〜3億円までは、創業者の気合いとガッツで何とかなる金額。でも10億円となると組織の力が必要で、敷居が一段上がった印象です」
上場準備コストも見落とせない。管理部門の増員、情報セキュリティ対応、SFA導入などを合わせると6,000万〜8,000万円ほど利益から差し引かれる。「営業利益1億円だから時価総額30億円だ」と単純計算していると、いざ準備を進めて初めてギャップに気づくケースが多いという。
吉岡氏は日本を「M&A後進国」と表現する。米国のメガテックは積極的にM&Aを活用してきた。GoogleはYouTube、Android、Urchin(後のGoogle Analytics)、Google Mapsを買収。FacebookもInstagramやOculusを取り込んでいる。
一方、日本企業の出口割合はIPO7割・M&A3割。レコフ調べで年間4,000件と言われる国内M&Aも、米国に比べれば少ない。
「今までスポーツ選手がオリンピックを目指す、受験生が東大を目指すような感覚で、起業家が全員IPOを目指すという世界観だった。それが変わりつつある」
ウィルゲートM&Aへの売却相談は月50〜100件。ただし、赤字状態や営業利益1,000万円規模では成約は難しい。
ベンチャーM&Aの相場は、ビジネスモデルにもよるが、おおむね「年間営業利益の3〜8倍 + 純資産」に収まるケースが7〜8割。10数倍となる事例もあるが、前期・進行期・来期のどこを基準とするかで評価額は大きく変わる。
吉岡氏が手がけた事例として、営業利益3,000万円の会社が5億円で売却されたケースがある。一見すると16倍超だが、進行期は受注ベースで営業利益8,000万円が見えていたため、買い手は実質的に6倍強で評価したという。
この会社は従業員約230人、売上3億円規模。M&A成立から1年で売上は倍、利益は3倍に伸長した。買い手のトップが「あなたの会社の課題はおそらくこの4つ」と一発で見抜き、明確なロードマップを提示したことで、PMI(M&A後の経営統合)が極めてスムーズに進んだという。
「売り手の経営者は、気合いとガッツで売上3億まで来たけれど、10億にするイメージは湧かないフェーズだった。良いお相手に恵まれて、5億のキャッシュインと会社の急成長が両立した、オールハッピーな事例です」
若い起業家が見落としがちなのが、上場直後の手取り額だ。時価総額30億円・株式6割保有でも、上場時に売り出せるのは5〜10%程度。さらにIPOディスカウントが効く。
「スモールIPOだと、上場タイミングでそんなにキャッシュインしてこない。従業員30名規模で5億円でイグジットしている20代起業家のほうが、キャッシュ面ではリッチだったりする」
金銭的リターンというモチベーションで比較するなら、達成可能性も含めてM&Aのほうが合理的なケースは少なくない。一方、IPOには社会的信用や金融機関からの資金調達余力という別の価値があり、連続的にM&Aを仕掛けて事業を拡大したい経営者には依然として強力な選択肢だ。
ウィルゲートの会社売却支援36件のうち、約10件が「2段階イグジット」だという。3件に1件のペースで増えている。
仕組みはこうだ。最初に過半数(多くは50%超)を売却して数億円のキャッシュを得る。その後、買い手の顧客資産・与信・上場ノウハウを活用して事業を急成長させ、残りの株式を数年後にさらに高い評価額で売却する。
「営業利益1億円の会社を3億円にするのに通常3〜4年かかる。でも上場会社の顧客資産を使えば、もっと短い期間で1億から5億に伸ばせる可能性がある。仮に5倍評価なら25億円で、残り半分の株式が12.5億円になる」
吉岡氏が知る2段階イグジット案件では、売上が30倍になった事例もあるという。「マンモスの肩に乗る」イメージだ。
100%売却後のロックアップ期間中は「魂が口から出てしまう」ような状態になる経営者もいる中、2段階イグジットなら3〜5割の株式を保有し続けるため、当初以上にモチベーション高く事業を伸ばす経営者が多いという。
買い手側にとっても、原則一括ではなく分割で取得できるためキャッシュフローへの負担が軽く、減損リスクも限定的になりやすい。IFRS適用企業ではのれん償却が発生しないため、PLへのインパクトも抑えられる。
なお、株式譲渡比率10〜20%程度の取引は金融商品取引業の免許領域となるため、M&A仲介会社としては基本的に50%以上の株式譲渡(実質的経営権移転は最低40%)を扱うのがルールだ。
M&A交渉でしばしば起こるのが「基本合意では4億円だったのに、デューデリジェンス後に2.8億円になった」という事態。ベンチャーM&Aで基本合意からそのまま成約に至る確率は約75%、つまり4件に1件はブレイクするという。
このリスクを踏まえると、移行表明(意向表明)を複数社から獲得しておくことが極めて重要になる。吉岡氏が手がけた事例では、当初4億円で即決するつもりだった売り手に対し、50社にアプローチして4社の意向表明を集めた結果、最終的に6億円で成約。9億円で売却を考えていた別案件では、3社の意向表明を集めて13億円まで価格が上昇した。
「美術品のオークションと同じです。買いたい富豪が2〜3人いて競り合うと金額が上がる。会社も1点物なので、これが起こせるかが重要」
意向表明が1枚しかない状態は、売り手のメンタル面でも交渉力でも不利になる。「1枚しかないから僕には仲介は不要」と言う経営者こそ、むしろこれから候補を増やす必要があるというのが吉岡氏の見立てだ。
国内M&A市場のうち、IT領域は約5%、非ITが95%。さらに事業承継型ではない成長志向型M&Aは約25%。多くの仲介会社が「非IT×事業承継」の領域にひしめく中、ウィルゲートは「IT×成長志向型」のニッチに集中する。
この戦略を支えるのが、ウィルゲート本体のSEO支援事業だ。「SEO対策」で検索1位を取り続け、約7,800社の顧客基盤を築いてきた。提案先まで含めれば約4万社のIT・デジタルマーケティング企業との接点がある。
支援実績73件の内訳は、メディア17件、SaaS15件、デジタルマーケティング12件、システム開発・SES11件、EC・D2C 7件、店舗ビジネス6件、その他5件、事業承継1件。明確にベンチャー・スタートアップ支援に特化している。
「ウィルゲートはM&A以外にも、SaaSのタクトSEO、フリーランス人材のプロトル、SEO支援など複数の事業を持っている。だから商品が仲介しかない会社のように『何が何でもM&Aにつなげる』というモードにならず、銀行借入のほうが合っている方には金融機関を紹介しますし、『今は売らないほうがいい』とも普通に言います」
この「ネオM&A仲介会社」というポジショニングが、相談者からのフラットな信頼につながっているという。
最後に、吉岡氏のエネルギーの源泉を尋ねた。返ってきたのは、創業2期目の22歳で借金1億円・倒産寸前まで追い込まれた経験だった。
20歳で初めてエクイティ調達をした際、社員5人から一気に30人に増員。月700万円の赤字を出し、調達したお金を「すぐに溶かしてしまった」。その後、多くの人に助けられて立て直したことが、いまの活動の原点になっている。
「とにかく費用対効果のいい提案、本当にウィルゲートに依頼して良かった、吉岡さんに会えて良かった、と言ってもらえることが原動力です」
ストレングスファインダーで最も高いのは「達成欲」と「自我」。朝起きた瞬間に「やべえ、今日ToDo50個やらなきゃ」という強迫観念に近い感覚で目覚めるという。タクシー広告、トラックモビリティ広告、東京メトロ全線の中吊り1万枚、YouTubeチャンネル運営、Xでの月400投稿——すべて「自分を知らしめたい」という自我の発露と、達成欲による事業成長への執着が重なっている。
ウィルゲートのミッションは「ベンチャーの可能性を広げ、挑戦する人を応援する」こと。マーケティング、セールス、採用、そしてM&A——成長企業が抱える課題に幅広く向き合っていく方針だ。
上場維持基準引き上げ、PERの低下、上場準備コストの重さ。これらが重なる中で、若い起業家にとってM&Aは「IPOの代替」ではなく「合理的な戦略選択」として位置づけ直されつつある。とくに2段階イグジットは、創業者のモチベーションを保ちながら成長と現金化を両立できる手段として、今後さらに広がっていく可能性が高い。
そしてM&Aを成功させる鍵は、複数の意向表明を集めて競争環境をつくること。「1枚しかない」状態は、出口戦略として最もリスクが高い。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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