スマートキャンプを創業から5年でマネーフォワードへ売却した古橋智史氏。創業期からのVC調達、IPO準備とM&Aの並行検討、グループジョイン後のPMIや開拓ファンド立ち上げ、そして2社目アンドルでの再挑戦まで——売却後も走り続ける起業家が語るM&A体験と経営哲学。
スマートキャンプ創業者・古橋智史氏は、2014年の創業からわずか5年で同社をマネーフォワードグループへ売却した。買収バリュエーションは約40億円。M&A後はマネーフォワード本体に役員として加わりながら、グループ内CVC「HIRAC FUND(開拓ファンド)」を120億円規模まで育て、2023年にはヘルスケア領域で2社目「アンドル」を創業している。インタビュアー・福田氏との対話から、「IPO一択」だった時代に水面下でM&Aを進めた背景、売却後のスタンス、そして資本政策に対するスタンスが浮かび上がる。
古橋氏のキャリアは、新卒で入社したみずほ銀行を10ヶ月で退職するところから始まる。当時2011年、まだオンキャリアもマネーフォワードも存在しない時代で、転職サイトに経歴を入れると候補が一気に絞られた。「早期離職というだけで、何かあるんだろうなと思われてしまう」。社会に対して大きなことを成し遂げたい、自分が頑張ってそれが報われる状態をつくりたい——そう考えたとき、残された選択肢は起業しかなかったという。
その後、当時70名規模だった六本木のスタートアップ・スピード社で約1年修行し、社会人2年半で独立。スマートキャンプを立ち上げる。
創業当初の事業は、資料作成代行「スケット」だった。デザイナー1人と古橋氏の2人体制で、ホワイトペーパーや営業資料を受託制作していたという。
転機は顧客との会話から訪れた。「これ、皆さん何に使うんですか?」と聞くと、「サイトに載せて、資料請求でリードを集めるんだ」という答えが返ってきた。リードビジネスの存在を知った古橋氏は、これをSaaS版で展開する構想に行き着く。当時はまだ「SaaS」という言葉が一般的ではなく「法人向けクラウドサービス」と呼ばれていた時代。マネーフォワードやfreeeが伸び始めたタイミングで、「このマーケットは伸びる」と判断し、SaaS比較サイト「ボクシル」を2015年5月にリリースした。
古橋氏の特徴的な点は、創業時から外部資本(エクイティ)を入れていたことだ。インキュベイトファンド系のソラシード・スタートアップスから出資を受け、創業時のバリュエーションは3000万円、調達額は300万円。10%の株式放出だった。
「今だと考えられないかもしれないが、当時は1000万円バリュで100万円・10%という案件もザラにあった」と振り返る。社会人2年半・銀行を10ヶ月で退職した若者に、当時はそれだけの覚悟と希薄化が求められた時代背景がある。古橋氏自身も「300万円がなかったら今のアンドルも始められていない」と語り、エクイティを入れることへの抵抗は今も変わらないという。
リリースから2〜3ヶ月でSEO起点のトラクションが見え始め、追加で2000万円のフォロー投資を獲得。その後1億円、2〜3億円のラウンドを重ね、最終ラウンドではポストマネー約40億円規模で調達している。
創業3年目で上場を目指す方針を固め、N-1の準備、証券会社の選定、監査法人の導入まで進めていた。それでもM&Aを選択した背景について、古橋氏はこう語る。
「自分たち単体でどこまで成長できるのかが正直よく分かっていなかった。一定の経験があったほうがいいし、自分たちもまだ若い。一度どこかのグループに入って、もう一回成長させたほうがいいのではないか——その思いが強くなった」
IPOの準備を継続しつつ、水面下でM&Aも探索する。最終的にマネーフォワードを選んだ決め手は金額ではなく、シナジーだったという。「自分たちが一緒になることでスマートキャンプも伸び、買ってくれた会社も伸びる状態が一番ハッピー。それが最もイメージしやすかったのがマネーフォワードだった」。買収時の売上は約8億円。現在は売上約50億円規模に成長している。
M&A後、古橋氏はスマートキャンプに約5年在籍した。当時、売却後に親会社と関係がこじれるケースを見聞きしていた古橋氏は、「その力学になってしまうのが嫌だった」と語る。
「売って上がり、というマインドに一日もなったことがない。少なくとも、何もない自分を評価して買ってもらった以上、それ以上の価値で報いるのは自分にとっては当たり前すぎる」
M&Aによって金融機関への個人保証が外れ、個人のキャッシュフロー不安もなくなったことで、より事業に集中できる状態になったという。同時に、現場の経営は社長の林氏に完全に任せ、自身はマネーフォワード本体に早期に入った。立ち位置はスマートキャンプ社長ではなく「マネーフォワードグループの中でスマートキャンプを担当する役員」。これによりPMIを自ら担う側に回った。
古橋氏はマネーフォワード代表・辻庸介氏について「本当に天才だと思っている」と語る。「人たらしというか、とにかくいい人。本当に社会を良くしたいと思っているし、マネーフォワードを誰よりも愛している。『お金を前へ。人生をもっと前へ。』というミッション実現のために本当に行動している。横で見ていて、そのミッションがブレている瞬間を一度も見たことがない」。
M&A先の社長が創業社長であったことは大きかったという。創業から6年弱で上場した会社の経営に間近で関われたことについて、「お金を払っても座れない席だった」と振り返る。
M&Aの半年後、2020年5月にはマネーフォワードグループ内にCVC「HIRAC FUND(開拓ファンド)」を立ち上げた。1号ファンドは「起業家発のファンド」として設計されたが、2号ファンドへ移行する際には葛藤があったという。「M&Aから数年経った起業家は、最前線でやっている感覚が薄れてしまう。ファンドとして鮮度を保てるかが課題だった」。
転機となったのは、マネーフォワードが地方銀行・地域金融機関と深い接点を持っていたこと。これを活かし、地域の金融機関をLPとした2号ファンドに切り替え、「地域DX・地方創生」という文脈を持たせることで再現性とCVCとしての存在意義を再定義した。2025年7月にはパートナー3名・ディレクター4名のプロモーションを発表し、バトンタッチ可能な体制を構築している。
2023年、古橋氏は「アンドル」を創業。法人向け健康経営支援サービス「Androidワーク」を運営している。月額1万9800円から、大企業の専属クリニックのようなオンライン診療体制をベンチャー・中小企業向けに提供するサービスだ。
2社目の立ち上げは、人材も資金も「持たざる状態」ではない。採用はほぼリファラルで進められる一方、「同じ失敗を全く同じようにする」とも語る。違いはリカバリー力。打席に立つ回数が思考実験を含めて増えるため、結果的に成功確率が上がるという。
対談の終盤、福田氏が抱える「株式の希薄化への抵抗」について古橋氏は明確な持論を語る。「株式比率に左右されないほうがいい。100%オーナーで行く人もいれば、上場時に20%まで下がっている人もいる。価値観の問題」。
セカンダリー市場が一般化したことで、起業家の出口は多様化している。「ファンドの満期に左右されなくてもよくなった。リスクを取って調達し、満期が来たらセカンダリーで売る、という選択肢もある」。
借入についても同様で、「借りれるだけ借りろ」という思想だという。「金利が5%でも、5%以上で運用できればいい。成長率が利子を上回ればいいだけ」。資金がなくなる不安よりも、リーダーのパッションが途切れる瞬間のほうが怖い——これが古橋氏の経営観の核にある。
「日本のVCは経営権を取りに来たり、CEO交代を仕掛けてくることがほぼない。すごくいいマーケットだと思う。利益も出して、調達もしっかりすれば、ガンガン伸ばせる」
古橋氏のM&A体験談から浮かび上がるのは、IPOかM&Aかという二項対立ではなく、「事業の成長にとって最善の手段を選ぶ」という極めてフラットな視点だ。VCを早期から入れ、IPO準備とM&Aを並行で走らせ、売却後もPMIを担いながら新規ファンドを立ち上げ、再び創業する——一つひとつの意思決定の背景には、株式比率や調達手段に対する固定観念から自由になった経営者の姿がある。これからM&AやIPOを検討する起業家にとって、選択肢の広げ方を学べる体験談となるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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