M&Aの現場では買い手と売り手の食い違いから揉め事が起きることも少なくありません。本記事では、田端信太郎氏に「揉めた時の正しい対応」「謝罪のポイント」「義務と親切の境界線」について語ってもらいました。契約書よりも先に問われるのは、普段の人としての振る舞いと信頼関係でした。
M&Aの現場では、買い手と売り手の見立ての違いや、買収後の業績の齟齬から揉め事に発展することが珍しくありません。揉めた時にどう対応すればいいのか。田端信太郎氏の答えはシンプルでした。
「結局、属人的な信頼関係が一番大事だと思いますよ。うまくいかなくても『きっとこいつはこいつなりにベストを尽くしてくれている。そもそも買った側として、自分の見通しも甘かった』──そう思えるかどうか。契約書がどうこうという話よりは、そこなんじゃないですか。人と人としての信頼関係です」
揉め事の本質は契約条件の解釈ではなく、相手をどこまで信じられるかという属人的な領域にある。M&A後のPMI(買収後統合)のフェーズでは、想定外の事態がいくつも起こります。そのとき「相手は誠意を尽くしている」と前提できる関係性が築けているかどうかが、最終的な落としどころを左右するというわけです。
田端氏自身は対人関係で揉めた経験は多くないといいます。それでも、ある投資先の取締役会を巡る一件については「申し訳なかった」と振り返ります。
「あれは貸して(投資を受けた)側の人たちに対して、申し訳ないなって思っています。俺の余計なことで迷惑をかけて、しかも資金調達中だったので。もちろん僕なりにけじめをつけたし、その後も応援できることはやってきた。今でもキャンピングのイベントに呼んでもらったりして、有効関係は続いていると思います。ただ、いらんことをして余計な気苦労をかけたなとは、人としてさすがに思っています」
揉めた事実を契約上の論点にすり替えず、人としての非を認めて関係を続ける。これが田端氏の振る舞い方です。
揉め事が少ない理由を尋ねると、田端氏は意思決定者全般に通じる話だとして、こう続けました。
「松本人志的というか──意味わかります? 要するに、相手をなめているわけですよ。『後から仕返しできない相手』だと思うから、言ってしまえみたいになる。だから普段の行動が大事です。人間性も含めた全部の対応で、相手が『この人にはちゃんとしないとまずい』と思うかどうかが決まる」
揉め事への対応術以前に、そもそも揉めにくいポジションを普段の振る舞いで作っておく。M&Aのように「条件交渉」が前面に出る局面でも、その人物が積み上げてきた評判が、最終的な交渉の温度を決めるという指摘です。
炎上やトラブルの謝罪にあたって、田端氏が意識するのは抽象的な「すみません」ではなく、何をなぜ詫びるのかの解像度です。
「自分は誰に対して責任を持っているのか。プロとしてお金をもらって何かをしているのなら、結果として会社を不必要な危険にさらしてしまったこと自体は、原因が何であれ間違いない。経営やビジネスはそういう意味で結果責任ですから、そこに対して謝る、適切な対応をする、ということです」
「原因が自分にあるかどうか」と「結果として迷惑をかけたかどうか」を切り分け、後者については結果責任として向き合う。この切り分けができていない謝罪は、しばしば「言い訳」と受け取られて炎上を長引かせます。
サラリーマン時代に上司として頭を下げに行った経験も多いという田端氏は、謝罪に行く前に必ず整理することがあると言います。それが「義務」と「親切」の切り分けです。
「広告代理店時代の話で言うと、キャンペーンの効果が思ったほど良くなかったみたいなレベルで怒られていることもあるわけです。ビジネスだから、約束したことがそもそもできていないのか、約束は守れているけれど期待値に届かなかったのか。これを区別しないといけない。義務でやっていることと、親切でやっていることは別物です」
M&Aの場面に置き換えれば、契約上明記された表明保証や財務指標の達成は「義務」、そこに含まれない期待値(カルチャーの維持、特定キーパーソンの残留など)は「親切」の領域に近い、と整理できます。揉めた時に最初にやるべきは、相手が怒っているのが義務違反なのか、期待値とのギャップなのかを切り分けることだということです。
では、義務が果たせていないと判明した場合、何を優先するべきなのか。田端氏は「謝罪のパフォーマンス」よりも「見通しの提示」だと言います。
「義務が足りていないのなら、一番大事なのは土下座することではなくて、元々約束したことをどう実現するか、その見通しを示すこと。例えば納品が遅れているなら『いつまでにできるのか』を持っていくこと。それなしに『とにかく謝りに来ました』だと、もう一度怒られるパターンです」
さらに田端氏は、自分の経験では最終的なリスクヘッジとして「今回の経済料はいりません、お金もいりません」と言えば収まるケースが多かったと振り返ります。しかし──。
「インフラはそうじゃない。電力会社で電気が止まりました、熱帯魚を飼っている人の水槽が止まって魚が死ぬかもしれない、というときに、東電の人が『今月の電気料金0円なんで許してください』と言ってきても、『そんなのどうでもいいから、いつ動くんだよ』となる。だからインフラはしんどい」
「金銭で清算できる損害」と「金銭では取り返しのつかない損害」では、謝罪の作法そのものが変わるということです。
外資系企業でありがちな考え方として、田端氏は仮想の事例を挙げて説明します。Uber Eatsの配達員が歩いていたお年寄りにぶつかって骨折させてしまった、あるいは子どもをスクーターで撥ねてしまったとしたら、運営会社はお見舞いに行くべきか──という問題です。
「法律的に言えば、Uberが行く必要はない。あくまで配達員個人の問題です。でも下手をすると、オフィスに遺族が来て囲まれて『今回の事件についてどう思っているんですか、ご両親に対して言うことはないんですか』となる。そこで一番のNGワードは『うちは法律的には悪くありません、配達員の問題です』です。それを言ったら大炎上ですよ」
ここで田端氏が示したのは、義務と親切を切り分けたうえで、それでも「人としての言葉」を尽くす作法でした。
「弁償する賠償する義務は法律的にはない。でも『今回起こったことに関しては非常に心を痛めています。未来あるお子さんの命が奪われたことに、ご両親とご家族の皆さんにはお悔やみを申し上げます』とは言える。お悔やみを申し上げると言ったからといって、賠償すると言ったわけではない。そこの言葉づかいが大事なんです」
安易に「申し訳ありませんでした」と言ってしまうと、責任を認めたという法的な意味合いを帯びてしまう。哀悼や遺憾の意を示しつつ、義務の範囲は明確にする──謝罪文の言葉選びは、それ自体が法務的な行為でもある、というわけです。
揉めた時、謝罪に行く時に田端氏が大事にしているのは、法律や契約書に書かれていない領域を含めた全体像を想像する力です。
「法律とか制度とか約束以外のところをちゃんと意識する。これが1対1の場なのか、パブリックに見られている場なのか。そこのイマジネーションが大事です」
同じ謝罪でも、当事者間で完結する場と、第三者が観察している場では、求められる言葉も振る舞いも変わります。M&Aで言えば、当事者である経営者間の話し合いと、従業員・取引先・メディアが見ている場では、メッセージの設計を変える必要があるということです。
インタビュー後半では、聞き手から「ある程度ビジネスで成果を出した『小金持ち』が、その後のキャリアにどう向き合うべきか」という問いが投げかけられました。M&A支援の現場では、売却によってまとまった資金を得たあと、本人が熱狂できるものを探し続けて時間が過ぎてしまうケースがよくあるといいます。
田端氏の答えは肩の力が抜けていました。
「YouTubeとかやっぱり楽しいですよ。回っているのを見て管理画面でニヤニヤしている。それでいいじゃないですか。Twitterと一緒です」
本人なら社員を雇って会社を作ることもできるはず、という指摘に対しては、こう返します。
「会社を作るとかは手段ですからね。もちろん今後そういうことをやるかもしれないし、その時が来ればやる。逆に言うと、俺みたいなそれなりにキャリアもあるおっさんが、いまだに『あいつ1人で炎上やっててきついな』と言われるくらい、なんかいいじゃないですか。楽しいですし」
主流から一歩外れた場所であえて存在感を示す──キャリア後半の田端氏のスタンスは、揉め事対応の話と地続きでもあります。普段から自分の振る舞いに納得しているからこそ、揉めた時にも筋を通せる。「謝罪の極意」の根っこにあったのは、テクニックではなく、自分自身のスタンスを定めることだったのかもしれません。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
