シナジーマーケティング創業者・谷井等氏が、経営を長く続けるコツ、KPIに縛られない経営、トップが暇な時間を持つ重要性、ファイナンススキーム発想の楽しさを語る。100億規模の売却経験者が説く中長期視点の経営論。
シナジーマーケティングの谷井等氏は、25歳で法人代表となり、現在50歳。経営者として27年のキャリアを歩んできた。インタビュアーから「途中でやめようと思ったことはあるか」と問われると、谷井氏は「結構何度もやめたいと思った」と率直に答える。
ただし、その理由は意外なものだった。「苦しいからやめたいのではなく、飽き性だからやめたい」。同じ日々が続くとやめたくなり、新しいことが生まれるとまた面白くなる。最初に「やめたい」と感じたのは起業からわずか半年後、25歳の終わり頃だったという。当時は昼間に洋服屋で働きながら、夜にインターネットの仕事を立ち上げていた時期。深夜3時に帰宅したメンバーと家の前で「これ、いつまでやる?」とひそひそ話したことを覚えている。
谷井氏は、自分の中には常に3人の人間がいるという。「やめてしまいたい自分」「怠けていいじゃんという自分」「いやそれじゃダメじゃんという自分」。この3人がずっと喧嘩していて、最終的に「ダメだ」と思う自分が勝つから経営を続けてこられた。
興味深いのは、谷井氏が意図的に「どん底まで落ち切る」期間を設けることがある点だ。「俺みたいな人間最低だ」と本気で自己嫌悪に陥ることで、再び立ち上がるエネルギーを生み出す。「大きくジャンプするにはしゃがむ必要がある」というわけだ。ただし、これには条件がある。「当事者である自分」と「それをじっと見つめる冷静な自分」の両方を持っていなければ、戻ってこられなくなる危険があるという。
企業家は熱い思いを持つ人が多い。ビジョンを語るだけで興奮し、社員にも熱量を持って伝える。だが谷井氏は「社長の中だけで燃え上がっていて、1/10も伝わっていないことがある」と指摘する。社員は意外に冷静で、その熱弁の後に退職届が出てくることも珍しくない。
だからこそ、伝えている自分と「これは伝わったかな」と冷静に観察するもう一人の自分の両方が必要になる。自己客観視の力こそが、企業家にとって決定的に重要なスキルだと谷井氏は語る。
谷井氏が経営で最も楽しいと感じるのは、プロダクトや事業のコンセプトを考えること、そしてトリッキーなファイナンススキームを構想することだという。
事業づくりの全体像を、谷井氏は階段にたとえる。まず商品・サービスを作る。次にそれを売るためのマーケティングを立ち上げる。すると人が必要になり採用・人事を構築する。さらに資金調達の仕組みも整える。すると相対的にプロダクトが弱く見えてきて再び強化する。次にマーケが弱く見えるので底上げする……。「よいしょ、よいしょ」と全体を上げていく感覚だ。
この最初の一巡には約5年かかる。一巡が完成して全体が綺麗に回り始めると、谷井氏はピッと立ち止まる。「俺いらないんじゃないか」という思いが湧き、また退屈になる。それが企業家の宿命でもある。
谷井氏が好きなのは、誰も考えたことのないスキームを練ること。たとえば10億円と言われる買収案件を5000万円で手に入れる方法を考える。あるいは、先払いで仕入れが立ち、入金が後になるビジネスモデルの構造的な「血管」を改善する方法を考える。
ファイナンスを単なる資金調達ではなく「事業モデルそのもの」として捉える視点だ。シナジーマーケティングが2000年に今でいうSaaSモデルを始めた背景にも、この発想があった。当時CRMシステムは住宅開発で受注すれば数千万、パッケージで売れば数百万の世界。それをあえて細切れにして1契約数万〜数十万に落とし込めば、既存企業は構造的に追随できない。「マーケットがでかくなるまでずっと俺らの独占場」という発想だった。3〜4年目で逆転し、SaaSだけで黒字化を達成した。
業務には「仕事」と「作業」がある。作業は言われた通りに正確にこなすもの。仕事はクリエイティブに何かを生み出し、変えていくもの。社長はできるだけ仕事の側に時間を使うべきだ、と谷井氏は説く。
権限委譲とは、自分が抱えている仕事のうち重要性の低いものから順に他の人に任せ、自分はもう一段上の仕事に手を伸ばすこと。すると、それまで仕事だったものが今度は作業に変わり、また下から渡していく。この連続だ。
そのうえで、トップは最低でも勤務時間の2割を「何もしなくていい時間」として確保すべきだという。Googleの20%ルールやスリーエムの自由研究の話と同じ発想だが、それを現場ではなくトップ自身に課す。「今の状態が健全か」「ビジョンに向かっているか」「描いているビジョンは劣化していないか」をゆっくり考える時間が必要だ。深夜まで作業していると「頑張っている気分」になるが、それは大きな間違いだと谷井氏は警鐘を鳴らす。
近年、日本のスポーツが世界レベルで強くなっている。オリンピックのメダル数、サッカーのワールドカップ、甲子園で優勝した慶應高校。共通するのは「根性論をやめた」ことだという。
「24時間働くことが美徳」「気合いがあれば乗り越えられる」「ギリギリまでやり切ることが正解」――こうしたスタートアップのあるあるを、谷井氏は改めて疑うべきだと言う。1.5倍働くより、もう一人採用したほうがいいかもしれない。違うやり方を考える時間が2割あれば、深夜まで働いていた仕事が定時で終わるかもしれない。健全な自己否定こそ、新しい領域で生きる経営者に求められる姿勢だ。
谷井氏は創業以来、営業に対してノルマや必達目標を置いたことがない。年度末の追い込みもしない。理由は明快だ。
「押し込み営業は、お客様に嫌な気持ちを生む。悪い噂は良い噂の10倍広がる」。10人のうち1人に嫌な思いをさせれば、その先の100人のうち50人に伝わり、3段階で90%が真っ黒になる。だから直接の接点には一人たりとも嫌な思いをさせてはいけない。
さらに谷井氏は、自社で要望に応えきれないとき、競合他社であっても紹介するという。「フラットラインから一歩上がったところに小さな信頼が生まれる」。そして1〜2年後に、別の案件として戻ってくる。単年のKPIを追いかけるよりも、数年後に数億になって返ってくる仕組みを選ぶ発想だ。
こうした経営ができたのは、外部に数値を渡していなかったからでもある。株主は社内だけで、開示の必要がなく、誰かに説明して怒られることもなかった。「100%経営しているからこそ理想を自由に追い求められる」と振り返る。
谷井氏自身は、年間100件超の買収案件を見る買い手でもある。財務を見れば「2年かけてしっかり売れるようパッケージングしてきた会社」かどうかは初期段階で見抜ける。売上原価率、販管費、広告宣伝費、人件費の伸び方――そこからその会社の経営姿勢が透けて見える。「売ろうとして化粧した会社は、たいてい美味しくない」。社長個人の私物を経費に乗せたり、利益圧縮のために妙な数字が入っていたりする会社は、社長自身が「これが事業の限界」と見切ったタイミングであることも分かる。
誠実に経営しているか、お客様に本当に価値あるものを提供しているか――それは財務にビビッドに現れる。買収後に苦労するのは買い手側だからこそ、買い手目線でも数字越しの誠実さが問われる。
谷井氏は2回の売却を経験しているが、創業時から「いつか売るぞ」と考えていたわけではない。競合状況、ファイナンス環境、相手先の事業成長への影響――さまざまな要素が密接に絡み合い、すべてがその方向を向いた瞬間に売却という決定が「関係者にとってハッピーな選択」となった。結果論だ、と谷井氏は語る。
一方で、最初から売却を前提とする経営者は、結果としてうまくいかないことが多いという。決算数値やKPIで自社の価値を測りがちだが、ユーザーがどれだけ熱狂的に支持しているか、本質的な価値はどこにあるか――そこを見ていない経営は、買い手からも見抜かれる。
そして社長に絶対必要なのは「諦めないこと」だと谷井氏は強調する。「社員全員がやめても俺だけは信じている」というぐらいのこだわりが大前提だ。
組織の文化はトップの価値観そのものになる、と谷井氏は言う。だからこそ、その文化に合った人を採用することが大切だ。軍隊組織でトップダウン、必達ノルマ型の会社にも、それを好む人はいる。それはそれで一つの正解だ。ただ自分のスタイルとは違う。
「国を作るのと一緒ですね」とインタビュアーが返すと、谷井氏は逆だと答える。「国は先に国民ありき。だから総理大臣は支持率100%にはなれない。でも会社は逆で、先に国王がいて、その国に誰を住まわせるかを選べる。だから実質支持率100%。こんな良い仕事はない」。
そう考えれば、経営はやはり面白くて、やめられない――27年続けてきた経営者の言葉には、そんな実感が滲んでいた。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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