学生起業から12年連続黒字、そしてビジネスチャット世界初リリースから上場まで。Chatwork(現Kubell)創業者・山本正喜氏が、税金を知らずに陥った倒産危機、シリコンバレー撤退、社長交代、そしてスモールIPO問題までをリアルに語る。
株式会社Kubell(旧Chatwork株式会社)CEOの山本正喜氏は、約25年前に兄とともに学生起業した。当時は日本にインターネットが本格的にやってきたタイミング。「居ても立っても居られず」兄弟で起業を決めたという。
当初、社長は兄、ビジネス担当も兄が務め、エンジニアでありCTOだった山本氏がプロダクト側を担当する体制でスタートした。事業の出発点は、ホームページに集客するためのSEOツールのサブスクリプションサービス。当時「SaaS」という言葉すら一般的でなかった2000年代初頭から、現在で言うサブスクモデルの事業を手がけていた。
受託開発もコンサルティングもやらず、一貫してWeb上で完結するプロダクトビジネス。月額課金モデルにより創業から12年連続で黒字経営を継続し、銀行借入もVCからの資金調達も行わずに、20〜30人規模の会社を自己資金だけで運営してきた。
山本氏が初期から徹底していたのは、徹底的な自動化と効率化だった。
学生起業ゆえに営業も電話サポートもできない。そのため「電話サポートはしません、営業もしません、メールサポートのみです」というスタンスで運営した。当時は「電話番号がない会社など信用できない」と顧客から怒られることも多かったが、オンラインで完結する仕組みを徹底的に作り込み、社内ではこの仕組みを「自動販売機」と呼んでいたという。
アメリカで流行りつつあるトレンドを2〜3年遅れで日本に持ち込む「タイムマシン経営」と、徹底した自動化を組み合わせることで、利益率の高いビジネスモデルを学生時代から確立。インターネット黎明期の波にうまく乗ることができた。
順調に滑り出したかに見えた事業だが、創業1年目で早くも倒産の危機を迎える。
オフィスとなる物件を「気に入ったから」という理由で数千万円で購入。ところが法人税という存在を知らず、請求が届いた時には口座にお金がない状態に陥ってしまった。社員全員を集めて「お前ら銀行口座にいくらある?」と聞いて回り、社員から借金しようとしたほどの危機だったという。
この経験を機に財務コンサルタントを雇い、経費の使い方や経理の基本から学び直した。「ビジネスは伸びていたが、経営や経理を全く知らなかったので、お金の使い方が無茶だった」と山本氏は振り返る。
チャットワークがリリースされたのは2011年。実はこれはLINEのリリースより3か月早く、おそらく世界初のビジネスチャットだった。当時はチャット自体を使う人がほとんどおらず、メールが主流の時代だった。
もともとは20〜30人の社内コミュニケーション用に作ったツール。それが外部に公開した途端に爆発的に広がった。2014年頃にビジネスチャットブームが世界的に到来すると、海外の競合スタートアップが膨大な資金を集めて急速にプロダクトを立ち上げ始める。
さらに、ユーザー数が何十万人規模に膨らむと、社内の230人向けに作られたシステムでは技術的に支えきれず、アーキテクチャの全面再設計が必要になった。「障害対策」と「グローバル競合との戦い」という二つの大きな課題が同時に襲いかかったのである。
ここまで自己資金100%で経営してきた山本氏だが、状況の変化を受けて初めて資金調達に踏み切る。
2015年、シードもアーリーも経ずにいきなりシリーズAから資金調達をスタート。チャットワークはすでにPMF(プロダクトマーケットフィット)を完全に達成しており、ユーザーも知名度もある状態でのシリーズAだった。上場までに調達した総額は約18億円。当時の日本スタートアップシーンでは「2〜3億調達できればすごい」と言われていた中で、桁違いの大型調達となった。
ただし、海外では数百億〜数千億円規模の調達が当たり前。「丸2個ぐらい違う」資金力の差を前に、グローバル展開の難しさを痛感することになる。
創業当初から「グローバルで勝つ」がコンセプトだった同社は、2012年にはシリコンバレーに子会社「ChatWork Inc.」を設立。兄である前社長が家族ごと移住し、フルコミットで挑戦した。日本の経営は山本氏が任されることになった。
しかし、言語の壁、マーケティングの違い、そして大企業向けではMicrosoft、エンジニア向けではSlackといった強力な競合の存在を前に、海外展開は思うようにいかなかった。最終的にはシリコンバレーから撤退する。
戦線整理の中で見えてきたのは、自分たちが圧倒的に強い領域は「日本の中小企業」だという事実だった。チャットワークには、社内も社外もシームレスに一つのアカウントでつなげる特徴がある。これが、複数の小さな企業が連携して案件を進める日本の中小企業の働き方に極めてフィットした。たとえば工務店が外装屋・電気屋などと組んで家を建てる際に、プロジェクト単位でチャットワークを使う、といった広がり方をした。
日本の労働人口の約70%を占める中小企業領域。生産性課題が大きく社会的インパクトの大きいこのマーケットへ戦略的にフォーカスする方針が、上場のタイミングと重なって明確になっていった。
2018年、山本氏は兄からの突然の打診で社長を引き継ぐ。事前相談はなく、ホテルに呼び出されて「俺は社長を辞める。お前がやれ」と決定事項として伝えられたという。
当初は社長業に強い抵抗を感じていた。「リーダーシップを発揮し、人前で話して『俺についてこい』と言うような人物像」が自分には合わないと考えていた山本氏だが、就任後にひとつの気づきを得る。
かつてエンジニアとしてオブジェクト指向にのめり込んでいた頃、人がオブジェクトに見えてきて「マネジメントってシステム開発と一緒だ」と思えた瞬間があった。同じように、社長業についても「会社というプロダクトを作るエンジニア」だと再定義することで、自分のスタイルを見出していった。仕組みを整え、メンバーがオーナーシップを持って活躍できる場を作る——「物作り系社長」というロールである。
社長になって最初に手をつけたのは、ミッション・ビジョン・バリューのアップデート。10数年前に作られたものを、現在の事業に合わせて根幹から作り直した。「会社の根幹をいじれるのは社長しかいない」と山本氏は強調する。
2019年、マザーズ上場を果たす。時価総額約580億円という規模での上場で、海外IRも経験することになった。
香港・シンガポール・ロンドンなどでヘッジファンドや機関投資家にピッチをして回る中で、山本氏は資本主義のスケール感に圧倒される。10数人の小さなファンドが何千億円という資金を運用し、一人のファンドマネージャーの判断でひとつの会社に数百億円が投資される世界。
「上場企業は免許のようなもの」だと山本氏は言う。運転免許と同じで、取得はゴールではなくスタート。上場後もシリーズA〜Cと同じく、評価→資金調達→投資→株価上昇というサイクルを回し続けるが、対峙するマーケットの規模が桁違いに大きくなる。「草野球から甲子園、そして上場後はプロ野球」という喩えだ。
上場経験者として山本氏が問題視しているのが、近年顕著になっている「スモールIPO問題」である。
時価総額100億円、あるいは300億円以下の企業では1日の売買代金が小さく、機関投資家が物理的に投資できない。大型ファンドが1社あたり100億円規模で投資したいと考えても、時価総額10数億円の企業では持ち分が100%を超えてしまう。逆に2〜3億円の小口投資ではモニタリングコストに見合わない。結果として、機関投資家は入れず、個人投資家中心の薄い流動性の中に取り残される。
この結果、未上場時代にはVCから2桁億円を調達できたような企業が、上場後はリスクマネーの供給を絶たれ、成長が鈍化してしまう。「スタートアップは赤字を掘って成長するもの」だが、上場後に黒字経営を強いられれば、それはもはやスタートアップではなくスモールビジネスである。
さらに、スタートアップにはシード〜シリーズCまでの「プレイブック」やコミュニティが豊富に整備されているのに対し、ポストIPOになると途端に学びの場もコミュニティも乏しくなる。インサイダー規制もあり、ぶっちゃけ話もしづらい。
学生起業から上場まで経験した山本氏が「最も難しかった」と振り返るのは、意外にもシリーズBのフェーズだ。
シリーズAまでは「ジャングルでサバイバルしながら道を探す探索フェーズ」。トップダウンで全力疾走するワントップ経営が正解になる。ところがPMFを達成し、シリーズBで2桁億円を調達した瞬間に、ゲームは「整備された道路を速く走るレース」へと変わる。必要なケイパビリティが、サバイバル能力からアスリート的な走力、さらにはカーレースの運転技術へと書き換わっていくのだ。
この転換期に、社長は自分の成功体験をアンラーニングし、経営OSを丸ごと入れ替える必要がある。組織が30人を超え、50〜70人で詰まり、100人を越えられない壁にぶつかる多くの会社は、この「OS変更」ができずに崩壊する。
「社長の声が大きすぎる」「任せきれない」「遅いことにイライラする」——0→1で大正解だった行動様式が、1→10では足を引っ張る。社員50〜60人の会社の役員が「自分たちの役割は何ですか」と詰まる構造が、ここで生まれる。
山本氏は、0→1の経営者と1→10、10→100の経営者は「ケイパビリティが違う、別の人種だ」と語る。アメリカではプロ経営者へのバトンタッチや、M&Aによるイグジットが一般的なオプションとして機能している。
対して日本では、バトンタッチを「かっこ悪い」「恥ずかしい」と捉える文化があり、M&Aも「買収されるなんて」と忌避される傾向が残る。しかし、グロース市場の上場基準ゴールポストが時価総額100億円規模に引き上げられた今、0→1経営者がそのまま走り抜けるには負担が大きすぎるケースが増えている。
選択肢は大きく三つだ。第一に、自分自身がアンラーニングしてフェーズを乗り越える道。第二に、社長を交代して自分は会長やファウンダーとして新規事業を担う道。ただし「社長が新規事業に逃げて既存事業を任せる」やり方は、社員にもすぐ見抜かれて組織が空中分解しやすいと山本氏は警告する。第三が、M&Aによるイグジットや買収による出口だ。
社名を「Chatwork」から「Kubell(クーベル)」に変更したのは、ビジネスチャット単体の会社から、中小企業のプラットフォーム企業へと進化するためだ。
中小企業の一人当たり生産性は大企業の半分以下にとどまる。日本の労働人口の70%を占めるこの領域こそ、社会全体のボトルネックになっている。山本氏らはここを解決するため、当初はSaaS連携で対応しようとしたが「中小企業はSaaSを5個も10個も使いこなせない」という現実に直面した。
そこから生まれたのが「BPaaS(Business Process as a Service)」という概念だ。チャットワーク上でやりとりするだけで、SaaSの運用代行をKubell側が引き受け、結果的に中小企業がDXの恩恵を受けられる仕組みを目指している。会計・労務・総務・庶務など、提携可能領域は広い。CVCを通じた出資・業務提携も含め、中小企業向け事業を持つスタートアップとの連携を加速していくという。
山本氏が未上場のスタートアップ経営者へ繰り返し強調するのは、「シリーズAまではワントップ経営で全力で走れ、シリーズBからゲームが変わることを覚えておけ」という点だ。
0→1で機能した経営スタイルが1→10では通用しない。アンラーニングできるか、潔くバトンタッチするか、M&Aで次のステージに渡すか——どの選択肢を取るにせよ、自分の適性とフェーズの要請を冷静に見極める必要がある。スモールIPOで時価総額がスタックしてしまえば、リスクマネーの供給は途絶え、上場のメリットを十分に享受できない。
学生起業から倒産の危機、シリコンバレー撤退、世界初のビジネスチャット、そしてマザーズ上場までを潜り抜けた山本氏のリアルな経験は、これから上場やM&Aを検討する若手経営者にとって貴重な羅針盤となるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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