高還元SES事業を展開する株式会社開幕の大島代表が、北の達人コーポレーションの木下勝寿氏に上場準備と事業戦略について相談。グロース市場とそれ以外の市場で求められるものの違い、スモールビジネスの強み、先行投資型経営の落とし穴まで、実践的な経営哲学が語られた対談を再構成しました。
本記事は、M&A CAMP の事業相談企画として、北の達人コーポレーションの木下勝寿氏のもとに、株式会社開幕の代表取締役・大島氏が相談に訪れた回をまとめたものです。
株式会社開幕は4期目のスタートアップで、AI技術を活用した高還元SES(エンジニア派遣・マッチング)事業を主力にしています。自社で正社員エンジニアを雇用し、客先常駐やリモートで業務に従事してもらうモデルです。特徴は、社内システムの大半をAIに置き換えて業務効率化していること。たとえば、1日3,000〜4,000件配信される案件を手作業でメール提案していたところを、システムに置き換えて省人化しています。
大島氏が抱える悩みはシンプルでした。「最短で上場を目指すにあたって、やらなくて良かったこと、やっておいた方が良かったことが見えていない」というものです。
木下氏はまず、上場する市場によって求められるものが変わることを指摘しました。
木下氏自身は当初、東証2部から上場しており、マザーズ(現グロース)を経由していません。マザーズ系の経営者と話すと「成長性をすごく求められている」という話をよく聞くそうですが、木下氏が東証2部に上場した際にはそれを求められなかったといいます。
「マザーズは成長性最優先で、利益は後からついてくる前提で一旦上場します。ただ上場した後は利益を求められる。一方、現在のスタンダードやプライムにあたる市場は、上場前も上場後も利益を求められる」
つまり、最初から利益体質を作って上場するのか、先行投資をしながら上場後に利益を伸ばすのか。どちらの道を選ぶかで、必要な準備はまったく違ってくるという指摘です。
大島氏の事業は、いわゆるスモールビジネス的な側面を持ちます。SES業界の一般的なマージン率は60〜65%(顧客から100万円受領→所属エンジニアに60〜65万円支給)ですが、開幕は83%まで還元しています。これによりエンジニアの年収を高くでき、月次10名・20名規模で採用できる体制を作っています。
大島氏は「これは結局、薄利多売モデルにも近い。木下さんの著書『売上最小化、利益最大化の法則』と完全に逆行しているのでは」と問いかけました。
木下氏の答えは、明快でした。
「全然逆行しているとは思いません。ビジネスの捉え方の問題です」
たとえば、1,000万円の売上をもらって800万円を渡し、200万円が手元に残る、という考え方をすれば利益率は20%です。しかし、800万円の人を派遣するために200万円の手数料を受け取っていると考えれば、利益率は100%になります。
ポイントは「800万円分の人材コスト」を固定費とみなすか、調整可能な変動費とみなすかです。固定費なら売上として捉えて利益率を上げる必要がありますが、調整が利くなら手数料部分だけを利益率で見ればよく、売上が減っても影響は限定的──つまり高利益体質と言える、というのが木下氏の整理でした。
木下氏自身は、上場やスケールよりも「スモールビジネスをたくさん束ねてビッグビジネスにする」発想で経営してきました。
「売上10億円・利益2億円のビジネスを、そのまま100億円規模にしようとすると、収穫逓減の法則でどうしても利益率が下がる。だったら、利益2億円が出る完成形のビジネスモデルを作って、それを別の商材で10個展開すれば、100億円・利益20億円が取れるんじゃないかと考えた」
フランチャイズに近い発想で、まず1つの完成形を作る。そのうえで条件に当てはまる別の商材へ横展開していく。木下氏は「無茶な投資もせず、足元も守りながら拡大していける」とこのスタイルの利点を語ります。
「ストレスがあまりないんですよ。先行投資をして売上トップラインだけ上げて、利益は後からついてくる、というやり方は、本当についてくるかなという不安が常にある。堅実経営をしながらも、大きさも目指せます」
木下氏が最初から利益にこだわったのは、創業期がインターネット黎明期だったことと無関係ではありません。
「インターネットが本当に後々大丈夫かなという不安があった。後で利益を回収するタイミングで市場が全然変わっているかもしれない。だから、比較的早めに利益確定をしながら進んでいくスタイルになりました」
これに対し、大島氏のスタイルは「緩やかな成長で良ければずっと営業利益が出続ける体質を作れるが、他より早く成長するために先行投資を踏んでいる」というもの。本来は黒字で成立するモデルを、意図的に赤字を掘って成長を優先している状態です。
ここで木下氏が強調したのが、見極めの重要性です。
「広告費を先行投資して売上を伸ばしているところが、『広告を止めればいつでも黒字になる』とよく言うんです。でも実際は、広告を止めたら売上も止まる。今期は黒字でも、来期は赤字になる、というケースがすごく多い」
だからこそ、シミュレーションが必要です。広告費をどこまで減らせばどう影響するか、どこまで増やすと回収できなくなるか──これをすべて見える化し、プロの投資家に説明できるレベルまで落とし込めているかが、上場準備において重要だと木下氏は語ります。
最後に木下氏が指摘したのは、採用人数を拡大するほど定着率が下がる可能性があることです。
大島氏のモデルでは、求人媒体への先行投資で採用した人材が生み出すLTV(顧客生涯価値)でビジネスが成立しています。しかし、獲得人数が増えるほど、反比例してLTVは下がっていく可能性が高い。
「獲得人数とLTVの変動を、毎月定期的に見ていくことが重要です。求人媒体への投資を止めれば社員数の伸びは止まるし、年間離職率が10〜15%あれば人員は落ちていく。先行投資を踏み続けながらも、LTVをきちんと計測する仕組みは欠かせません」
上場という同じゴールでも、選ぶ市場と事業モデルによって、求められる準備はまったく違います。利益体質を最初から作るのか、先行投資型で成長を優先するのか。どちらが正解というよりも、自社の事業特性とリスク許容度に応じて選ぶべきものだと、対談を通じて見えてきました。
また、スモールビジネスを「束ねて」ビッグビジネスにする発想や、見かけの利益率に騙されない数字の捉え方は、規模を問わず多くの経営者にとって示唆深い視点といえそうです。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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