お金も時間も手に入れた40代がなぜ虚しさに襲われるのか。DMM亀山会長が語る「やりたいことの限界」と、誰かのために生きる健全さ、そして死を意識して今を選び直す生き方とは。
近年、ある程度の資産や裁量、チームを手に入れた40代の経営者やビジネスパーソンの間で、「次にやりたいことが見つからない」「刺激がなくうつ状態に近い」といった悩みが語られるようになっている。いわゆる「40代病」「中年の危機」と呼ばれる現象だ。
インタビュアーが過去に英語サービスを運営していた頃、富裕層のクライアントから「仕事も楽しくない、プライベートでも特にやりたいことがない」という声を聞くことが少なくなかったという。学生時代に出会った1人会社の社長も、「責任もないしお金もある。でも刺激がないから海外に行く。そしてその繰り返し」とこぼしていた。
本記事では、こうした「満たされているのに虚しい」状態をどう抜け出すか、亀山会長への問いかけを通じて整理する。
亀山会長はまず、根本的な前提を提示する。
> 「やりたいことってのはやっぱりどうしても限界があるんだよね」
欲しいものを買い、行きたかった海外に行き、食べたかったものを食べる。最初は満たされても、繰り返すうちに「どこも変わらないな」「こんなものか」と感じ始める。彼女が欲しいと思って付き合ってみたら意外と面倒だったり、結婚してみたら想像と違ったり——蓋を開けてみれば「思ったほどでもない」というのが現実だという。
つまり、人生は「やりたいことがある状態」のときが最も楽しい。達成してしまえば、その先には虚無が待っている。
では、達成した後の虚無感をどう扱うか。亀山会長は二つの方向性を示す。
一つは「刺激のエスカレート」。ジェットコースターに飽きたらバンジージャンプ、それでも足りなければスカイダイビング——と、刺激を強めていく道だ。しかし、これは際限がなく、最後には危険な領域に踏み込むことになりかねない。
もう一つが、健全な道とされる「誰かのために生きる」方向だ。
> 「自分が楽しくないけど、誰か楽しませたらいいかなみたいな。家族でも、子どもでも、他の人でもいい」
世界平和や人類のためといった大きな話ではなく、もっと身近な一人でいい。困っている友達を「助けてやろう」と思えたとき、自分自身が満たされる。子どものためなら、本来嫌な集まりにも顔を出せる。自由と責任は相反するように見えて、責任を積極的に引き受けることが結果的に充実感を生むのだという。
話題は「幸せの三大要素」に及ぶ。亀山会長が情報源として挙げたのは、立花孝志氏のYouTubeだという。
その三要素とは——
- 財力(お金)
- 能力(稼ぐ力、スキル、尊敬される実力)
- 人間関係(友達、人脈、心を許せる相手)
このうち2つあれば「まあまあ幸せ」、3つ揃うと「超充」と呼ばれるらしい。お金と友達はあるが能力はない人物は「ボンボン」、地元の友達だけがあるのは「ヤンキーの生き残り戦略」——といった具合に分類される。
虚しさを訴える40代の多くは、財力も能力もあるのに、心を許せる人間関係が抜け落ちているケースが少なくない、というのが亀山会長の見立てだ。
虚しさを抱える人は、しばしばこう感じている。
> 「なんで誰も俺に対して、その熱を返してくれないんだ」
しかし亀山会長は鋭く切り返す。
> 「多分それは、その本人が薄っぺらいことしか言ってないから。先に愛して先に愛せよって話」
「俺のために誰も死んでくれる奴はいない」と嘆く人に対しては、「お前は誰のために死ねるんだ」と問い返したくなる、と。表面的に敵を作っているように見える経営者や論客でも、家族には深く愛情を注いでいることが多い。子どもに褒められると素直に嬉しい——その対象を持っていること自体が、生きる支えになる。
この話に対し、最近離婚を経験したというスタッフは、エーリッヒ・フロム『愛するということ』を読んだばかりで、亀山会長の言葉と重なって聞こえたと語った。
生きづらさを感じたとき、自然に身を置くことも有効だという声もある。宮崎出身のスタッフは、ゴルフや釣りで自然に触れることで「リセットされる」と話す。
亀山会長自身も自然の中に身を置くが、興味深いのは、自然そのものに癒されるというより、一人になることで都会の人間関係を思い出し、整理する時間になっているという点だ。
> 「俺、大自然で誰もいなかったら多分むちゃくちゃ辛いと思う」
一人で寂しさを感じたとき、「あいつどうしてるかな」「飲みたいな」と思える相手がいる。それを再確認するために自然に行く——という捉え方である。
話題は最終的に「死」へと向かう。亀山会長は30代頃から、常に死を意識して生きてきたという。
> 「死んでもいいなと思える時に、多分その充実みたいなもんがあるんじゃないか」
背景にはユーゴスラビア紛争地域での拘束経験がある。「もう死んだかもしれない」と覚悟したことで、今は第二の人生を生きている感覚があるという。プロポーズも、その経験の延長線上で「決めたら早かった」と振り返る。
読者への提案はこうだ。死ぬ間際に「あのとき、ああしておけばよかった」と後悔する自分を想像してみる。順調に生きていたつもりでも、最期の数秒で走馬灯のように悔いが押し寄せる——その瞬間を回避するために、今を選び直す。
「あと1か月で死ぬとしたら何をするか」と問われ、スタッフは「家族に挨拶し、動画を作り、世界をバックパックで回りたい」と答えた。亀山会長の返答はシンプルだった。
> 「だったら今のうちに行っといた方がいい」
40代のやりがい喪失問題に対し、本対談から浮かび上がる処方箋を整理すると——
- やりたいことには限界がある。達成後の虚無は当然訪れる
- 刺激のエスカレートではなく、「誰かのため」に向かうのが健全
- 財力・能力・人間関係のうち、欠けているものを見直す
- 愛されることを待つのではなく、自分から先に愛する
- 自然の中で一人になり、人間関係の本音を整理する
- 死を意識し、「あと1か月」と想像して今を選び直す
亀山会長は最後にこう締めくくった。「『生きがいがない』んじゃなくて、見つけようとしていないだけ。1週間後に死ぬとなったら、そんなことは言っていられないはず」——虚しさは、人生に対して真面目に向き合っていないことの裏返しなのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
