26歳でトレンダーズを創業し女性最年少で上場、現在はキッズラインを率いる経沢香保子氏。2億円の個人保証、サイバーエージェント傘下入りを経た2段階エグジット、そしてビジョン起点の経営とは。連続起業家が語る経営者人生のリアル。
キッズライン代表の経沢香保子氏は、26歳で1社目となるトレンダーズを創業し、当時女性最年少で同社を上場させた連続起業家だ。社長業はすでに24年。1社目は13年、現在のキッズラインも10年目を迎える。
もっとも、創業のきっかけは戦略的なものではなかった。リクルートを経て、社員20人時代の楽天に17番目の社員としてジョイン。その後MBA留学を志して退社したものの「勉強が苦手」だと気づき、フリーランスとして仕事を受けるようになる。知人の社長から「法人化したほうが取引しやすい」と言われたのが直接の起業のきっかけだったという。
「起業したいというより、フリーランスの延長でした。先にお客様がいてくれたので、そのまま事業にした、という感覚です」
それでも、社名を考えるタイミングで経沢氏は一度立ち止まる。「経沢香保子研究所」のような個人事業主っぽい名前にするか、それとも組織として広げていける社名にするか。
受けていた仕事の本質は、男性経営者が新規事業や女性向け商品を考える際に、リアルな女性視点を埋める仕事だった。F1層の女性の可処分所得が高まり、住宅購入でも最終ジャッジが奥さんに移っていく時代。「作る側が男性で、買う側が女性」という距離にビジネスチャンスがある——そう着目してたどり着いたのが「トレンダーズ」という社名であり、女性向けマーケティングという事業ドメインだった。
3年目で事業は急成長。女性起業塾は数ヶ月待ち、分社化して経費も自由に使える「中小企業の社長」状態だったと振り返る。赤いオープンカーのベンツに乗り、欲しいものは何でも買う——そんな時期も経て、30歳で結婚、31歳で出産する。
ところが生まれた子どもは難病で、保育園に預けられなかった。当時知ったのがベビーシッターという存在。しかし入会金10万円、月会費1万円、時給3〜4000円と、極めてアクセスが悪かった。
会社を売却することも一度は検討。知人の社長が3億円で買うと言ってくれたが、役員会で猛反対される。「この金額なら売れるかも」と思った経沢氏は、ここで逆に気づく。
「上場企業は毎日価値が明確になる。そして、子育ても自分一人で抱えるんじゃなく、シッターさんと家族とチームでやればいい——会社も上場を目指そう、子育てもチームでやろう、と同時に決めたんです」
上場を決断した時点で、社員はわずか7人。そこから上場まで7年を要する。経沢氏自身が「地獄みたいに大変だった」と語る期間だ。
まず資金調達。サイバーエージェントの藤田晋氏との寿司会で「上場しようと思っている」と打ち明けたところ、藤田氏は即座に出資を決めてくれた。藤田氏は「投資家ではなく株主は経営者と対等であり、相手が困ったら絶対に助ける」というスタンスを大切にする人物だったという。
問題はその後だった。「藤田さんが出すなら自分も」と他のベンチャーキャピタル(VC)も加わり、その契約書には個人保証が含まれていた。マネジメント力不足で業績が悪化し、ファンドの償還期限が到来。経沢氏は2億円を個人で返済する事態に陥る。
「今なら契約書を1行ずつ読んで納得してから契約します。当時は『自分はそれくらい気合が入っています』と弁護士の助言にも反発してしまった。本当に勉強不足でした」
会社を辞めれば返済できなくなる。手元には調達した4億円のうち、まだ3億円のキャッシュが残っていた。経沢氏は再び藤田氏のもとへ向かう。
「藤田さん、こんな状況になってしまって。会社に3億円あるので、3億円で買収してもらえませんか」
藤田氏の返答は予想外だった。怒るでもなく、「大変だね」と共感から入り、「疲れているから少し休んだほうがいい」と諭した上で、株式の一部を買い取り、トレンダーズをサイバーエージェント子会社化した。経沢氏はそのお金で2億円の個人保証を返済。サイバーエージェントから経営人材3名が出向で送り込まれ、組織が引き締まり、ようやく上場が実現する。今でいう「2段階エグジット」だった。
振り返れば、上場準備が混迷した最大の要因はマネジメントだった。資金調達後、オフィス移転に1億円、社員を7人から40人に増やし、固定費が一気に膨張。にもかかわらず売上が追従しない。ある社長に相談すると、3つのアドバイスを受けた。
- 男性社員を3割は入れること
- チームを作ること
- 営業部隊を作ること
「上場するというのは、ゴルフをパーで回るようなもの。コンスタントに決めた通りの売上を上げ続けることです。メディア露出で自然に仕事が来る状態ではダメだった」
営業トップ、管理部門トップを抜擢し、経営チームを構築。経沢氏は「経営チームあっての会社。良きチームをつくることが経営者の仕事だと痛感した」と語る。重要なのは経験よりもコミット——当事者意識とチームをまとめる力だという。
キッズラインの起業も、自身の原体験が出発点だった。難病の子どもを抱え、ベビーシッターのアクセスの悪さに直面した経験から、「スマホで24時間呼べる」サービスを設計した。
経沢氏は事業選びの軸を明確に定義する。
「ニーズがあるからやる、儲かるからやる、はやらない。こういう未来にしたいからこれをやる、と決めています。広報担当はその必要性を発信し、エンジニアはより使いやすくつくる。みんなで『あるべき』をやるんです」
キッズラインで顧客の声を拾うなかで「自分で見たいから家事を代行してほしい」というニーズに気づき、家事代行へと事業を広げたのもこの世界観の延長線上にある。「競合がいるところで千鳥の争いはしない。誰もやらないニッチをやる」というのが現在のスタンスだ。
2社目の経営でも試行錯誤はあった。一時は広告費を踏んで売上を拡大しようとしたが、シッター市場自体の認知が進んでいない段階では、SEO記事や顧客理解を深める発信のほうが顧客との関係構築に寄与した。広告費を大幅に減らし、現在の流入はほぼオーガニック。「土台が固まったから、改めて広告に踏み込むタイミングを検討している」と話す。
トレンダーズを上場後しばらくして退任した経沢氏は、当時「過去ばかり考えてしまっていた」と振り返る。ある人から「君、やりたいことないの?過去に向かって生きてもしょうがない」と背中を押され、再び女性活躍推進というテーマに立ち返る。
1.0で取り組んだのが「女性マーケティング・口コミの社会実装」。2.0で取り組むのが「女性のライフスタイルのボトルネック解消」=キッズラインだ。そしてその先に3.0として「女性の賃金向上・社会的地位向上」を構想していると明かす。
3児の母でもある経沢氏。エネルギッシュな経営の源泉を尋ねると、答えは明快だった。
「会社のコンディションが今すごくいい。社員が落ち込んでいる私を逆に励ましてくれる。ミッションで集まった仲間がいるから、ここでへたっていられない」
社内では「1枚岩」をテーマに、上下や階層よりも協働を重視する文化を築く。社員の家族からも「ママの会社、すごく仲いいよね」と言われるほどだという。
そして経営者として徹底するのは「社長にしかできないことをやる」という規律。会社の未来を描き、社会に必要だが誰もやらないことに挑む——それが社長の仕事だと言い切る。
インタビューの最後、若手経営者へのメッセージを聞いた。
「皆さんは自分が思っている以上に才能があります。起業しよう、仲間を集めよう、お金を集めよう——そう思えた時点で、人生をかけてやりたいことがある人なんです。それは本当に恵まれていること。私自身も起業を勉強してから始めたわけじゃない。失敗やピンチで初めて、自分の中にあった能力が出てきた。絶対に解決できると信じて、乗り越えていってほしい」
資本政策の知識不足、個人保証、業績悪化、子会社化——どん底の経験を経た経営者の言葉だからこそ、重い。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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