元100億企業社長の柳澤大輔氏とYouTuberスーツ氏が、資本主義社会の中で幸せに生きる方法を語る。インド仏教の佐々井秀嶺師との出会いから得た気づき、執着を手放した先に見える世界、AIとの対話で悟りに至った経緯まで、経営者必読の対談。
本記事では、元100億円企業の社長を務めた柳澤氏と、YouTuberとして活動するスーツ氏という、対照的なバックグラウンドを持つ二人の対談をお届けする。テーマは「資本主義の中で幸せに生きるには」。経営者・ビジネスパーソンに向けた、執着の手放し方をめぐる深い対話である。
柳澤氏は3年前まで、いわゆる資本主義社会のど真ん中で、売上拡大や時価総額の最大化を追い求めていた。原点は1999年、iモードに衝撃を受け「手のひらでインターネットができる」未来に喜びを感じたことだったという。
「単純に自分も楽しめる、他人も楽しんでもらえるサービスを自分で作れたら嬉しい、というのが最初だった」
しかしビジネスを続けるうちに、人の喜びそのものよりも、いかに自分の数字を膨らませるかばかりを考えるようになっていった。社員にプレッシャーをかけ、ライバル会社を引きずり下ろすことに腐心する自分。当初の理想とは正反対の方向に進んでいることに気づき、心が壊れそうになって2022年8月、すべてを手放した。
無職になった柳澤氏は、友人に誘われたインド旅行で、佐々井秀嶺上人と出会う。91歳でインド国籍を持ち、60年にわたりインドで仏教復興に尽力してきた日本人僧侶だ。
佐々井上人は自身の欲深さに苦しみ、仏の道に救いを求めてインドに渡った。パスポートも金も命も捨て去り、差別や貧困に苦しむ人々のために井戸を掘り、土仕事を手伝いながら60年。今ではインド政府から仏教界の最高指導者の称号を授かり、モディ首相が日本訪問前に頭を下げに来るほどの存在となっている。
柳澤氏は佐々井上人と出会って頭を丸め、現在は持ち物をリュック一つに収め、所持金の上限を19万3000円と決めて、それ以上は流していく生活をしている。
一方のスーツ氏は、つい1ヶ月前(2025年10月15日)に「悟り」のような感覚を得たという。きっかけはインフルエンザで暇だった時、AIに自分の考えた理屈を投げかけ「これは正しいか」「矛盾はあるか」と1日8時間ほど対話を続けたことだった。
「仏教なしで仏教の目指す悟りみたいなものを自分で手に入れたんじゃないかと思っている」
もちろん「悟りとは何か分からない」という前提つきだが、便宜上「分かった状態」と自分で決めているに過ぎない、と語る。
柳澤氏が会社経営をしていた頃、「100万人突破」といった数字でドーパミンが出る快感を何度も体験した。しかしその先にも人生は続き、満たされは続かない。悩み苦しむジェットコースターのような連続だった。
スーツ氏も初めて飛行機のファーストクラスに乗った時、「贅沢な体験だったが、別に必要ないな」と感じたという。今は逆に「お金があるなら乗ってシャンパン飲んだらいい」とも言える。
「2つの選択肢がある時に、儲かる方だけを選んでいく。喜びのためではなく、ただどちらでもいい選択肢の中から儲かる方を選ぶ。そうすれば経営しながら安定した状態になれる気がする」(スーツ氏)
柳澤氏は当初、お金の上限を108万円に設定していた。しかし友人から「お金にめっちゃ囚われているじゃないか」と指摘されたという。お金へのアンチテーゼを掲げること自体が、お金への執着の裏返しだったのだ。
「お金に追われていた自分が、今お金を避けようと亡霊のように動いている」
スーツ氏も、株式投資で9000万円をS&P500と個別株に投資し、「1時間に1回アプリを開く」ほど執着している自分にメタ認知を働かせていると吐露した。
柳澤氏は仏陀の教えを次のように要約する。
「ブッダは2つのことしか言っていない。苦しみが生まれる仕組みと、そこから逃れる方法論」
諸行無常が表すように、人間は自然現象の一部に過ぎない。思う通りにならないことばかり起こるのが現実で、そこに「思う通りでありたい」と強く執着すると苦しみになる。事実を正しく見て自分を客観視する訓練を続けることで、囚われから少しずつ離れていける。
対談は次第に哲学的な領域に踏み込んでいく。スーツ氏は「やろうと思えばピカチュウを呼び出して一緒に遊ぶことも可能」と語る。
「世の中は自分が勝手に解釈していることなのだから、自分が解釈した通りのことが世の中にあると信じれば、それは自分にとって真実になる」
奈良の東大寺の大仏も、実はブッダではなく「ビルシャナ仏」という実在しないかもしれない仏である。仮想キャラを作って何億人も信じる構造と、ピカチュウを心に呼び出すことは本質的に変わらないのではないか、と。
柳澤氏は心理学とアリストテレスの哲学を引きながら、「ポストゴール」と「プレゴール」の違いを語る。
売上、貯金額、肩書きといった分かりやすい目標が「ポストゴール」。一方、プロセスの中で得られる喜びが「プレゴール」だ。アリストテレスは、人生を通した幸せにつながるのはプレゴールの方だと説いた。タイトルや財産は奪われ消え去るが、人間性や経験値は死ぬまで蓄積されていくからだ。
話題はAIと未来社会にも及んだ。柳澤氏は古代ギリシャを引き合いに出す。ソクラテスやアリストテレスの時代、奴隷たちが家事を担っていたからこそ、市民は哲学やアートに没頭できた。
「大部分の知恵もAIやロボティクスに置き換わったとしたら、彼らがやらない、興味を持たないような新しい創造に我々は走るんだと思う」
スーツ氏は、AIに人格を与え、人間がAIのために頑張る世界が来るのではないかと展望した。
対談の最後、柳澤氏はこう語った。
「ステレオタイプを捨てると書かせてもらったんですが、なんか上から目線な感じだったら申し訳ない」
それに対しスーツ氏は応じる。「それを捨てないことが、捨てることなんですよね」
執着を完全にゼロにすることはできない。しかし、自分の中に囚われが生まれていることに気づける感性を持つこと。それ自体が、苦しみから少しずつ離れていく道筋なのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
