USENからインテリジェンス、U-NEXTまで――ネット業界を牽引してきた宇野康秀氏が、若手起業家に向けて事業選択の判断軸、組織カルチャーの作り方、M&Aの見極め、そして経営者としての軸の持ち方を語る。
25歳でリクルートグループの仲間とインテリジェンスを創業し、後にUSENを承継、さらに動画配信サービスU-NEXTを統合してU-NEXT HOLDINGSを率いる宇野康秀氏。日本のインターネット業界を黎明期から牽引してきた経営者が、若手起業家に向けて自身の経営哲学を語った。
宇野氏が最初に手がけたのは人材ビジネスだった。当初は別の事業を構想していたが、「すぐにできる」という安直な発想で人材サービスから着手。しかし始めて半年で「これは伸びる」と確信したという。
> 20年後の18歳人口がどれぐらいに減るかが分かっていた。人口が減るというのはほぼ100%当たる事実。労働市場の形は変わっていくし、当時は民間の職業紹介所もあまりなかった。市場は大きくなる、自分たちが勝てる可能性が非常に高いという感覚でした。
創業から20年は土日もなく働き続けた。それは社員も同じで、「今でいうブラック企業」と笑うが、当時の仲間とは今も集まって思い出話をする。働き続けた経験が個人の成長につながり、彼らは現在も各方面で活躍している。
現代の起業家への助言として、宇野氏は会社にいる時間の長さよりも「どれだけ事業のことを考えているか」が勝負を分けると語る。
ランニング中も友人と酒を飲んでいる時も、すべてが事業のヒントになる。意識の持ち方としてフルコミットできていれば、場所や時間にこだわる必要はない。むしろ運動で体を動かすことで発想が変わり、両立できる部分も多いという。
領域の異なる事業を複数手がける宇野氏が、事業を選ぶ際に重視するポイントは2つだけだ。
- 市場が拡大していくかどうか
- その市場で自分たちのチームが優位性を発揮して勝てるかどうか
この2つが揃っていれば、領域を問わず勝てるという確信がある。U-NEXTについても「コンテンツ市場は必ず来る」という確信があった。誤算は「思ったより時間がかかった」こと。エンターテインメントは舞台から映画、テレビ、そして配信へと接点を変えながら拡大してきた。その変革を最も早く読んだことが、現在の国内ナンバーワンというポジションにつながっている。
採用において宇野氏が最も大切にしているのは、ビジョンへの共感だ。
> 同じ未来を見れているのかどうかが一番大きい。現時点で力が足りなくても、同じビジョンを見ていれば、その人は自分の足りなさをどんどん習得して強くなっていく。
また宇野氏は自身を「カリスマ性のあるワンマン経営者」とは正反対のタイプだと自覚している。大学生の頃から「自分は経営者に向かないだろう」と思っていたが、「カリスマ性のある仲間を集めればいい」と気づいて以来、そのスタイルを貫いてきた。
35歳でUSENを承継した時、宇野氏は突然1万人の社員と700人の店長を抱えることになった。店長の名前すら覚えられない規模に戸惑ったが、ある気づきが転機になった。
> 自分が日常的に会話して共感する人は全員じゃない。一部の比較的近いところにいる人たちとしっかりできれば、そのレイヤーの人がまたその下と同じことをやってくれる。300人だろうが1万人だろうが、日常的に話す人数は変わらない。
カルチャーについても、数十人から100人規模では強く意識して作ろうとしていたが、現在は「自然にできあがるもの」と捉えている。国の文化と同じで、国王が決めるものではなく、風土や産業の中で形成されていく。ただし「自分たちはこういう会社だ」と明確に定義し発信することは欠かせない。
今後もM&Aを積極的に行う方針の宇野氏。対象企業については「現在の事業の延長線上にあり、グループに入ることで事業をより大きく伸ばせるシナジーがある会社」と明確に語る。
> M&Aするということは、何年か先の時間を買うこと。この時間差が詰まるのか詰まらないのか、その見極めが大事。シナジーがないなら1から作った方が早い。
一方で売却する側の経験についても率直に語った。リーマンショック時、銀行から複数事業の売却・撤退を迫られた時は「死んだ方がましだ」と思うほど辛かったという。しかし動画配信サービスGyaO!をヤフーに売却した際、GyaO!のチームから涙ながらに感謝された経験が、考え方を変えた。
> 「サービスが継続できる。プライド云々ではなく、サービスを継続することを選択してくれてありがとう」と言われた。怒られると思っていた人から感謝されて、そうだなと思えるようになった。
M&Aが目的化したり、上場を初めから目指すビジョナリーな会社が減ったりしている現状について、宇野氏は柔軟な見方を示す。
上場はゴールではなく資金調達の手段。事業を大きくするためにグループに入る選択もあり得る。スタート時点ですべてを決める必要はなく、やりながら最良の選択をしていけばいい。実際、宇野氏自身もそうしてきた。
意外なことに、宇野氏は自身のカリスマ性だけでなく経営能力にもずっと自信がなかったと明かす。だからこそ、軸をぶらさず、信頼残高を削らないよう適度な緊張感を持ち続けてきた。
大事な意思決定では相談はするが、最終決断は必ず自分で行う。「何かのせいにしたくなる自分」を戒めるためだ。
大学生の頃から「自分は事業家になるんだろう」と漠然と思い込んでいた宇野氏。60歳を過ぎた今、人生の短さを実感しながらも、やり残した感が減ってきたことで死への恐怖も薄れてきたという。
今後成し遂げたいことを問われても「やりながら考えればいい」と答える。ただし、成長を止めないことだけは譲れない。
> 個人も会社も、やりたい・やるべきだと思った時にやれる体力・力があるかどうかが大事。それによって選択肢は増えていく。
大学生時代に一度起業を保留してリクルートに入ったのも、まず自分の力を高めるためだった。やりたいことが変わることは構わない。変わった時にそれを実行できる自分であり続けることこそが重要だと、宇野氏は若手起業家に語りかけた。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
