LINE元社長の森川亮氏が、独立後に立ち上げたC CHANNELでの10年間を振り返る。縦型動画の市場開拓、女性向けメディアの試行錯誤、インフルエンサー事業への転換、そして「儲かるものが面白い」という経営哲学まで。日本市場で生き残るためのメディア戦略を語る。
LINE株式会社の初代社長として、世界数億人が使うコミュニケーションインフラを築き上げた森川亮氏。その森川氏が60歳を前に独立し、縦型動画メディア「C CHANNEL」を立ち上げてから約10年が経つ。なぜ彼は安定した立場を捨て、当時誰も成功していなかった縦型動画の世界に飛び込んだのか。今回はメディア領域で起業を考える若手経営者に向けて、森川氏の経験と現在の戦略を聞いた。
森川氏は筑波大学でコンピュータ工学を学び、日本テレビでエンジニアとして社会人生活をスタート。その後、新規事業でインターネットや衛星放送の会社を立ち上げ、ソニーで動画配信のジョイントベンチャーを経て、ハンゲームジャパンの社長に就任。NAVERを立ち上げ、LINEを世に送り出した人物だ。現在のC CHANNELでは、日本・中国・インドネシアでインフルエンサー事業を展開している。
LINE誕生の背景には東日本大震災があった。当時、ハンゲームの2億円規模からゲーム事業を80億円規模まで伸ばし、検索事業NAVERを立ち上げ、ライブドアを買収して200億円規模まで成長させていた頃のことだ。
「ちょうど震災の時に会社を閉鎖して、一部スタッフで福岡に行きました。福岡で『どうしようか』と話し合って、2週間ほど経って東京に戻り、出したのがLINEです。1か月で返して出した」と森川氏は振り返る。当時のチームは1000人近い規模で、開発リソースは十分にあった。
リリース後3か月は伸び悩み、社員からは「こんなことやるなら給料を上げてくれ」と揉めることもあったという。しかし12月にはユーザーが急増し、年明けにベッキーを起用したCMが決定打となり、1日50万人ペースで増えていった。
なぜLINEが日本で勝てたのか。森川氏は明確な戦略を持っていた。「友達が5人以上使っていれば継続して使う、という分析がありました。だから戦略的には『広く薄くではなく、1点での密度を上げる』方法が大事だった」。芸能人やスポーツ選手にまず使ってもらう、店長にアルバイト管理ツールとして使ってもらうなど、密度を高めるための地道な施策を重ねた結果、爆発的な普及につながったという。
NAVERがライブドアを買収した背景には、検索事業を強化する明確な狙いがあった。
「検索ってアルゴリズムも大事ですが、データがもっと大事です。データを集めるには検索キーワードを入れてもらう必要がある。我々の強みはソーシャルサーチと呼ばれる、SNSなどのコミュニケーションから情報を吸い上げて検索する『1段上の検索』だった。そのためにはコミュニティデータを持つ会社が大事で、ライブドアブログのデータと組み合わせれば勝てると考えました」
買収後の統合(PMI)には相当な苦労があったという。ゲーム事業、検索事業、ライブドア、その傘下の5〜6社など、それぞれ企業カルチャーが異なる組織を一つにまとめる作業だった。「LINEというプロダクトが出たから良かったものの、当時は検索中心にやろうとして結果が出ず、眠れない日々が続いていました」。
独立を決めたのは60歳を前にした節目だった。NAVERの創業者と食事をしながら次の人生を語り合い、「日本という国に1番いいタイミングで恩返しをしたい」という思いに行き着いた。
C CHANNELの事業選定は明快だった。「スマホが出てから全てが縦長になった。動画だけまだ横だよね、ということで絶対に縦型動画が来ると考えました」。10年前の当時、日本テレビ関係者から「縦の動画なんて作りたくない」「動画は横が全てだ」と猛反発を受けたが、原体験がそれを支えていた。
「ゲームも僕がガラケー時代に縦のゲームを作ろうと言った時、みんな『ゲームは横です』と反対した。でも縦型パズルがヒットした。だから動画も縦が来ると確信していました」
当初は「動画のファッション雑誌」というコンセプトだったが、出版社編集者から「つまらない」と言われ続けた。試行錯誤の末に行き着いたのが、ヘアアレンジとメイクアップのHow toだった。「服には機能性とおしゃれ性があり、おしゃれ性は写真の方が盛れる。一方で写真と文字だけでは伝わらないのがヘアメイクだった。プロセスに価値があり、ブラックボックスだった情報が開示されると人が集まる」
森川氏が独立時に意識した資本政策は独特だ。「まず最初は敵になりそうな会社に出してもらう」。楽天、サイバーエージェント、グリー、アイスタイルなど、コスメやEC領域で競合となりうる企業をマイノリティ出資者として迎え入れた。「一定の情報は取られるかもしれないが、協力者になってくれる」という発想だ。
ビジネスモデルは縦型動画というアセットの上に、タイアップ広告から始まった。当時は動画が来るという前提で、自社アプリと分散型メディアの両軸で展開。2017年頃からはライブコマースに参入し、D2Cでファッションブランドを立ち上げ、インフルエンサーとのコラボブランドを展開した。今でいう「アンドミー」型のビジネスモデルを、業界に言葉が定着する前から実践していたことになる。
グローバル市場と日本市場の違いを、森川氏は次のように整理する。「アメリカと中国は早い方が良くて、早いところに皆ベットし続ける。赤字でも関係なくシェアトップを取れば儲かるという発想です。一方、日本は3年で赤字だと手を引く。だから理想は、そういう会社で勉強して、皆が手を引いた頃に独立してやるのが一番いい」
「みんなが疲れた頃に参入する」という日本独自の勝ち筋。これは多くの起業家が見落としがちな視点だ。
伸びる産業についても森川氏は明確な見立てを持つ。「日本はアジアの京都だと思う。京都が生き残る戦略がそのまま日本戦略になる。質が高くて変わらないものに価値がある。中国の人が日本に来るのは、昔の中国が残っている感覚があるから。アジアにおける京都だけど、ちょっとアップグレードしている──そういう価値を打ち出せれば可能性はある」
C CHANNELが現在注力するのは「LEMON SQUARE」というインフルエンサープラットフォームだ。約10万人が登録し、データを細かく取ることで「マッチング精度」を差別化要因にしている。
「クリエイティブは人につくのでやめるとなくなる。人がやめても残るものにフォーカスしないとスケールしない」。だからこそデータに本質を置き、AIがクリエイティブを作れる時代を見据える。
森川氏が予見するのは「メディアの民主化」だ。「これから全員がインフルエンサーになる時代が来る。中国はそれに近く、屋台のおばちゃんもライブ配信している。1人の発信が力を持ち、束ねると価値が出る。人軸のアドネットワークが基盤になり、その先はラストワンマイルの人になる。インフルエンサーに在庫消費を下ろして、彼らが売ってくれれば流通革命が起こる」
ライブコマースが日本で伸び悩む背景についても明確だ。「日本はオフライン流通が強く、値引きすると百貨店から呼び出しを食らう。中国だと聖堂さんも値引きするが、日本は売上の80〜90%がオフラインだから値段で訴求できない。さらに『物を売るのは売れなくなったタレント』という芸能界のイメージもあり、恥ずかしさが残っている」
音楽家志望から経営者になった森川氏が韓国の経営者から言われた言葉が、彼の経営観を象徴している。「『森川さん、儲かるものが面白いものなんだよ』と言われた。これは本質かもしれない。面白いからお金を払うわけで、お金を払わないものを面白いと言っている時点で負けです」
アートとビジネスの違いをこう整理する。「ビジネスをやる以上、収益イコール面白いと思わなければいけない。それを継続させるには人に依存しないフォーマット化が必要。フォーマット化やシステム化は嫌われがちですが、やらないと続かない」
この哲学はミュージシャン時代の経験から来ている。「ミュージシャンの本質は人を感動させることで、音楽を作ることではない。ビジネスも同じで、本質は人を感動させること。バンドもチームも一緒で、ドラムが10人いても仕方ない。足りないところを補い合い、トータルでお客さんが喜ぶ演奏ができるかが重要です」
最後に、現在の経営で最も重視している点を聞いた。
「先行指標です。変化が早いので、変化が起こってから対応するのでは間に合わない。変化の起点がどこにあるのかをちゃんと見定めて、それをKPI化して可視化する。それが生き残りにとって重要です」
社員のモチベーションも先行指標と捉え、誕生日の手紙、毎日の出社、テーブルごとの空気感の観察といった地道な接点を重ねる。前職時代には祝日も含めて1年間休まずに出社し、社員と話し続けたこともあったという。
「人は権威を持つと正常な意思決定ができなくなる。権威に何の役にも立たない。死ぬ時に泣いてもらえる人生は、与え続ける人生を生きた人。そのために自分という資産にどう投資し、どう成長し続けるか」
LINEという成功体験を捨て、新しい道を選んだ森川氏の言葉は、変化の時代を生き抜く経営者すべてに通じる示唆を含んでいる。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。


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