M&A仲介大手・株式会社ストライクの荒井邦彦社長が、会計士からの起業ストーリー、10年間の停滞期から上場への決断、そして11期連続増収増益を支える経営観を語る。「強みは存在しない」「向かい風は自分が作っている」など、若手経営者必読の示唆に富んだインタビュー。
M&A仲介の老舗・株式会社ストライク。1997年に荒井邦彦氏が一人で創業し、レコフ、日本M&Aセンターに次ぐ業界3社目の上場企業として知られる同社は、現在11期連続増収増益という上場企業全体でも30社程度しか該当しない快挙を続けている。本記事では、M&A CAMPによる荒井社長へのインタビューを再構成し、創業ストーリー、上場の舞台裏、そして経営の本質に対する哲学を紹介する。
荒井氏のキャリアの出発点は監査法人だった。元々は出世して社長に登り詰めるイメージで就職活動に臨んでいたが、自分を「作る」ことが苦手で、当時の一般的な大企業就職には自信を持てなかったという。
「会計士の免許があればどこでも雇ってくれるし、数字に強ければどんなビジネスをやっても対応できる」。そんな軽い気持ちで会計士を目指し、5年間の実務経験を積む。
この会計士時代に担当した顧客の一社が、毎年企業を買収していた。そのビフォーアフターを目の当たりにしたことで、M&Aを繰り返すことで企業の成長スピードが劇的に上がるという事実、そしてビジネスとしてのスケールの大きさに強く惹かれていった。
会社を設立したのは1997年。ただし監査法人を辞めるにあたって上司から「まだ早い」と慰留され、結局1年半残留することになり、実際の事業開始は1999年からとなった。
ツテも何もない中、荒井氏が目をつけたのはアメリカで先行していたM&Aマッチングサイトだった。当時カリフォルニアではレストランの年商1億円規模の小さな案件までネット上で取引されていた。「このやり方なら自分でもできる」と感じた荒井氏は、HTMLを学んで自らホームページを制作する。
1998年10月にサイトを公開し、約半年後に最初の問い合わせが入った。当時、ホームページすら出していないM&A仲介会社が大半だった中、インバウンド型の集客モデルは画期的なアプローチだった。
しかし、そこから初成約まで1年半。手探りで株価計算や契約書作成のプロセスを書店の本などを頼りに組み立てていった。2000年12月にようやく初案件が成約し、ここから人を雇い始めることになる。
意外なことに、ストライクは創業から長らく売上1〜2億円規模で停滞していた時期があった。
「もう上場する気もなかったので、これくらいでいいかと思っていた時期が10年ぐらいありました」と荒井氏は振り返る。当時の業績自体は決して悪くなく、売上8億円・営業利益3億円という、いつ上場してもおかしくない水準だった。
転機は、ベンチャーキャピタル出身の高校の同級生との「差し飲み」での会話だった。資金調達がどうこうと会計士的な理屈を並べる荒井氏に対し、その友人はこう言ったという。
「お前の言ってること、つまんねえ。上場するってのは世に出るってことだ。同業他社がいる中で3番目の会社として、ストライクってのはこういうM&Aをやってるんだと示せ」
「背中を押されたというより、後ろから蹴飛ばされた」というほどの衝撃を受け、荒井氏は上場を決意する。
上場後、ストライクの持ち株比率は荒井氏が約40%。残り60%は他人の資本である。
「株価を上げたいし、上げなきゃいけない。これはファンドマネージャーと一緒。例えば時価総額700億円のうち420億円は他人のお金を預かっているということ。それを600億、800億、1000億にしていくのが、株を持ってくださる方の期待に応えること」
プレッシャーが嫌なら上場しないほうがいい、と荒井氏は明言する。それでも上場するメリットとして、提携してくれる会社や働きたいと思ってくれる人材が増えること、そして信用力の獲得を挙げる。
ストライクは今期で11期連続の増収増益達成を目指している。これは上場企業約4000社のうち30社にも満たない希少な記録だ。
しかし荒井氏は「なぜそうなっているか、自分でもわからない」と謙虚に語る。意識しているのは、昨日より今日、今年より来年という地道な積み上げだけだという。
「うちの売上がいくらか、利益がいくらか、何期連続増収増益か。お客様にはどうでもいいことなんですよ。業界トップですと言われたって、お客さんからしたら『じゃあ俺に何してくれるの』という話。今お客さんが何を望んでいるか、これからどう望むようになるかを先回りして手を打つ。それ以上でも以下でもない」
荒井氏は「強みって本当に存在するのか」と問いかける。
「『これが強みだ』ということは、裏返せば弱みを語っていることにもなる。観点を変えれば全然違って見える。向かい風なんて世の中に存在しない。自分が勝手に向かい風にしているだけ」
IPOの意思決定が遅れた後悔も、「取り戻しようがない以上、出遅れたならスピードで走ればいい」と前向きに捉え直す。あらゆる状況は「自分が乗り越えるべきものとして与えられている試練」だという考え方が、荒井氏の経営観の根幹にある。
ストライクのフロントスタッフは約400名。中途採用が現在も多いが、新卒比率が拮抗してきている。
荒井氏は毎月1日(中途入社日)に3時間、自身の創業ストーリーやミッション「仲間作り」について新入社員に直接語りかける時間を設けている。
ミッションが浸透するのは「努力しても2割」というのが現実的な認識だ。経営の神様・松下幸之助も「2割の人が社長の言うことを完璧に理解していたら、その会社は大躍進を遂げる」と語っていたという。
「最初から『2割でいいや』と思ったら5%にしかならない。100%目指して語りかけて、ようやく2割」
荒井氏がM&Aを「仲間作り」と定義する理由はシンプルだ。
「会社で働く理由と一緒。一人でできない仕事があるから組織を作る。性格や考えが違っても、目的が一緒なら一緒にやろうぜと。M&Aも同じで、後継者がいなくて困っている会社と、人材は豊富だが成長機会を一社では伸ばし切れない会社が一緒になることで、互いにできなかったことができるようになる」
ストライクの譲渡側顧客の5〜6割は後継者不在の会社。社長のいない会社は、パイロットのいない飛行機と同じで、放置すれば廃業してしまう。M&Aはこの構造的課題を解決する手段なのだ。
荒井氏は2021年10月に設立されたM&A仲介協会の2代目会長を務めている(初代は日本M&Aセンター三宅卓氏)。
中小企業の事業承継においてM&Aが重要な位置を占める一方、業界がまだ十分に形成されていない現状がある。法律による規制よりも、新事象に柔軟に対応できる自主規制の枠組みが必要との考えから、業界全体のルール整備を進めている。
荒井氏が一橋大学の楠木建教授の動画から学んだという、『論語と算盤』の解釈が興味深い。
一般的には「儲け主義に走ると道を踏み外すから、道徳でブレーキをかけよ」と理解されがちだが、楠木教授によれば渋沢栄一の真意は逆だという。「なぜちっちゃいことやってるの、自分のソロバン勘定だけで」。つまり本気で利益を求めるなら、まず社会に必要とされる道徳的なことをやれ、それが最大の利益になる、という解釈だ。
「自分が儲けたいんだったら、もっと世の中の人に受け入れられることをやんなさい、ということ。みんなで豊かになろうぜとやっていけば、短期的には不利かもしれないけど、長い目で見れば大きな利益になる」
初めてM&Aを検討する売り手側の経営者へのアドバイスとして、荒井氏は意外な言葉を残す。
「上場もしない、外部資本も入れない、M&Aで売ることもしない、ずっと続けていく。この選択肢も実はあって、本来これが一番の選択のはず。エグジットというのは投資家側の話で、経営者の立場では『スタンドアローンで自力でやっていく』というスタンスも当然ある。それを必ず選択肢に入れておいてほしい」
M&A仲介会社の社長としては異例とも言える発言だが、複数の視点を持って自社の方向性を判断することの重要性を強調している。
最後に荒井氏が語ったのは、経営における「ストーリー」の価値だった。
「『来年売上を2割伸ばします』なんて話、僕はあんまり魅力的じゃない。M&Aでこんな効果があった、できなかったことができるようになった、こんなに大躍進した。そういうストーリーを聞くのが嬉しい」
ストライクが最初に担当したクライアントは、買い手側もオーナーチェンジを経て、その後何倍もの規模に成長したという。一社では到達できなかった高みに、M&Aを通じて一緒に到達する ― その瞬間こそが、荒井氏にとっての仕事の醍醐味なのだ。
28年間、同じ仕事を続けながら、しなやかさと芯の強さを両立させる荒井氏の姿は、若手経営者にとって示唆に富む経営者像と言えるだろう。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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