マッチングアプリ事業などを展開するネットマーケティングを上場させ、5年後にベインキャピタルへ約135億円で売却した宮本邦久氏。創業時の株式比率設定の失敗、未上場期間の使い方、エンジェル投資家への転身まで、自身の経験から得た資本政策の本質を語る。
2009年に創業したネットマーケティングを2017年に上場させ、その5年後の2022年に約135億円のバリュエーションでベインキャピタルへ売却した宮本邦久氏。上場後にマジョリティを売却するというケースは極めて珍しい。
同社はBtoBの広告事業とBtoCのマッチングサービス事業の二本柱を持つ特殊な構造で、宮本氏自身も「2BとCを両方やっている会社を欲しがる買い手はいない」と考えていたという。M&Aは当初、まったく選択肢になかった。
転機は2022年3月。ベインキャピタルからマッチングアプリ事業を求める打診と、マクビーから広告事業を譲ってほしいという打診が、まったく同じタイミングで届いた。創業から18年、一度も「会社が欲しい」と言われたことがなかった経営者にとって、想定外の出来事だった。
そこで取られたのが、会社分割という大胆なスキームだ。一旦上場廃止し、ベインキャピタルが既存株主から株式を買い上げて完全子会社化。その後、広告事業をマクビーへ売却した。
- 2022年3月:初回打診
- 2022年5月:基本合意
- 2022年8〜9月:デューデリジェンス・売却完了
- 2022年12月:宮本氏が代表退任
- 翌月:マクビーへの広告事業売却
「お見合いと結婚相談所は恋活と婚活でシナジーがあるし、マクビーはアフィリエイトの大きな会社で、広告事業と一緒になればより大きな会社ができる。役員の納得感も得られた」と宮本氏は語る。
上場のメリットとして真っ先に挙がるのは「信用」だ。「上場前は『どんな会社?』から始まるが、上場すると『ネットマーケティングです』『ああ、知ってます』で終わる」。
一方で、上場社長が抱える独特の苦悩もある。インサイダー情報を持っているため株式売却のタイミングは限定され、決算発表後の窓開け期間しか売れない。さらに、株主や掲示板からのプレッシャーが重い。
「Yahooファイナンスの掲示板やYouTubeコメント欄は、見たくないと思いながら見てしまう。へこむし、イラッとする。10分の1売っただけでやる気がなくなったわけじゃないのに、極端な反応をされる」。一般株主の期待と経営者の合理的判断のあいだに生じるギャップは、メンタルを削る要因になっているという。
資本政策について宮本氏が振り返る最大の失敗は、創業時の持株比率設定だ。
「自分で立ち上げた会社なので100%でもスタートできた。だが、エンジェル投資家になるためにエグジットする絵を描いていたので、出口で『宮本カンパニー』の色が強すぎないように4割でスタートしてしまった。今思えば、その選択は正しくなかった」。
100%で持っていれば、エグジット後のエンジェル投資の元手はもっと大きかったはずだという。共同創業者と株を分ける場合でも「まず100%で作り、そこから分けたほうが選択肢は広がる」。
意外にも、ベインキャピタルへの売却は速やかに進んだ。鍵は「3分の1超」の議決権だ。
「33.4%を持っている株主がOKと言えば通る。私と共同創業者の長野の2人で33.4%を超えていたので、ベインキャピタルは個人の私たちにアプローチしてきた。TOB成立の交渉は、上場会社にではなくこの議決権を持つ株主に対して行われている」。
ファンド側からのコンタクトも難しくなく、Facebook経由で共通の知人を辿れば容易に接点が作れるという。
宮本氏が若手経営者に最も伝えたいのが「大きくなるまで上場するな」というメッセージだ。
「上場後はシナジーのある事業に大きく投資しようとしても、PLがマイナスになると株価に直結する。株主が認めず、取締役会で議案が承認されない。ストップ安が連発する」。
結果として、多くの中小型上場企業は投資できないまま、同水準の売上と利益が10年続き、株価も下がり、市場から忘れられていく「リビングデッド」状態に陥りやすい。「キャッシュは溜まるが、株価は上がらない。かといって赤字も出せない」。
例外は、シフトのように40億円台で上場後に3000億円規模まで成長した労働集約型のモデルや、既存事業のポテンシャルだけで5〜10年成長し続けられるケースだという。
では、経済的安定を確保しながら腰を据えて経営するにはどうすればよいか。宮本氏自身が実践したのは、未上場期にVCへ個人株を売却するスキームだ。
「私は上場5年前ぐらいに筆頭VCに2〜3%売って、約2億円を得ていた。会社のPLには影響せず、自分の株をVCに譲渡するだけ。VCにとっても持株比率が上がりリターン期待が増えるので、メリットがある」。
シリーズAあたりの経営者は、月給30万円で頑張っているケースも多い。子供の教育費、親の介護、健康への投資——お金が必要な局面は実生活で次々訪れる。「だから売ればいい。心の安全性を確保しながら経営に臨むほうが健全だ」と宮本氏は言う。
譲渡先としては、シナジーを作るのに労力がかかる事業会社よりも、リターンが出ればOKというVCのほうが100倍簡単。エンジェル投資家は個人で資金規模が小さいため、バリュエーションが大きい案件には不向きだという。
VCへの売却理由としては「創業時のシナジーがないエンジェル株主の買い取り資金に充てる」など、合理的なリーズニングを用意するのが現実的だ。
売却資金を得た現在、宮本氏はエンジェル投資家として活動している。学生時代に映画『ウォール街』を観て投資家に憧れて以来の夢だった。
生活スタイルはほぼ変わっていないという。「物欲がないので、生活は10年前から変わらない。スープカレーが好きで週4回食べている」。お金を使っているのは、熊本の両親を老人ホームに入れることや、年末年始に家族と海外旅行に行くこと。パリオリンピックには母と妹を連れて行き、約1000万円を使った。
10億円規模の資産があれば、米国債のような低リスク商品でも年5%回せば年間5000万円。「狩猟民族から農耕民族に脳を変えないといけない。グロース株に突っ込むと溶ける可能性もあるので、企業家精神はむしろ邪魔になる」。
ただし、エンジェル投資には別の難しさもある。「答え合わせが今すぐできない。創業1〜3年目の起業家に投資して、上場するのは10年後。2030年以降になる。今は楽しくない、未来の楽しさのためにやっている」。
上場すると安定する一方で、創業者の多くは「もっとやりたい」と悶々とし、会長に退いて別の箱で新規事業を始めるケースが多いという。これは社長個人の問題というより、上場企業の構造的な制約だ。
「未上場の時間は、大学生活の過ごし方ぐらい大事。勝負を仕掛けられるのはそこしかない」。だからこそ、その貴重な時間を腰を据えて使うために、一部利確やVCへの個人株売却といったオプションを健全に活用すべきだと宮本氏は強調する。
宮本氏のメッセージは一貫している。会社のBS・PLだけでなく、創業者個人のBSとキャリア設計をセットで考えること。利確を急いで小さな上場をするくらいなら、未上場のうちに一部売却して経済的安定を得て、本当に大きな上場やM&Aを目指すほうが健全である——。
M&Aマーケットでも大型ディールが増えている現在、上場が必ずしも最適解ではなくなっている。「合理的に考えて、上場した社長が苦労しているのも見える。ドリームを感じづらくなっている実態がある。上場するなら、大きい上場を目指すべき」。
宮本氏は現在、上場を本気で目指す起業家へのエンジェル投資を中心に、年間約200社の経営者と面談している。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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