学生起業からプログラミングスクール「TECH CAMP」を急成長させ、YouTubeチャンネル登録者100万人規模を築いたマコなり社長。コロナ禍の人員整理、週刊誌報道、炎上、そして社長退任に至るまでの経営者人生を振り返り、現在取り組むAIメディア「マジAI」への想いまでを語った。
「1mmも真面目じゃないですよ」――。学生起業からプログラミングスクールを急成長させ、YouTuber「マコなり社長」として登録者100万人近くまでチャンネルを伸ばした真子就有氏。穏やかな印象とは裏腹に、本人は自らを「尖っていた」と振り返る。
M&A CAMPに登場した真子氏は、起業から14年に及ぶ経営者人生を率直に語った。社員100名以上を抱えながら会社の残高がゼロになった2017年の危機、奇跡的な復活、そしてコロナ禍での炎上と退任――。会社と自分自身の限界をどう乗り越えてきたのか、本記事ではその全貌を再構成する。
冒頭、真子氏に過去から未来までのモチベーショングラフを書いてもらうと、最上段に一本の直線が引かれた。
「過去がネガティブだったとか、そういう認識を自分の人生でしたくないんですよ。未来がもっと良くなるということは、それより今が良くないということになる。だから僕は常に今この瞬間が最高以外は認めないという主義者なんです」
この考え方は起業してから後天的に身につけたという。「決めの問題」と語る真子氏は、過去を振り返って「あの時はダメだった」と意味付けすること自体を拒む。インタビュアーが過去を深掘りしようとしても、その入口を一切与えない――そんな独特のスタンスから対談は始まった。
父親が電気工事の自営業を営んでいた影響で、サラリーマンとして働くイメージは漠然とも持てなかったという真子氏。小学校時代はミニバスケで地域大会優勝・最優秀選手賞も獲得し、中学でも続けたが、強豪校に「めちゃくちゃうまい後輩2人」が入ってきた瞬間、スタメンになれないと悟ってやめた。
「姿勢としてはもっと諦めずに練習しようと思っていましたけど、ぶっちゃけ無理じゃね、と。要するに実力不足です」
進学校に進んだ高校でもスラムダンクの影響でバスケを再開したが、監督と衝突して1年で離脱。「バチバチに対立して、僕は媚びたりしないタイプだった」と当時を振り返る。
青山学院大学に進学するも、芝生に座ったことすらないという徹底した「キャンパスライフ非参加」ぶり。最初に作ったバスケサークルもフェードアウトし、エネルギーの行き先はカラオケ8時間とスマッシュブラザーズになった。
新歓コールで「僕はいいです」を貫いて飲酒を断り、バイトは「3回首」になった。
「絶対雇いたくないですね、絶対に雇っちゃダメです。1年ぐらい僕も活してました」
単位もC評価が「最コスパ」、バイトも「使われるほど時給が上がらないから損」――生産性をやる気のない側に振り切っていたという。それでも内心には「このままじゃダメだ」という焦りがあり、株とFXに数十万円を投じる時期を経て、最終的に映画『ソーシャル・ネットワーク』に強烈な影響を受け、プログラミングへとのめり込んでいく。
大学卒業を控え、真子氏はジーンクエスト・平尾佳淑氏(編注:本文ママ)率いる会社にエンジニアの新卒1人目として内定を得ていた。鏡張りのオフィスに憧れ、インターンも経験し、内定式にも出席した。
しかし、ビジネスプランコンテストでの優勝、ベンチャーキャピタリストからの「1000万円出資検討」の声、そして岡本太郎『自分の中に毒を持て』の衝撃。これらが重なり、真子氏は内定を辞退する決断をする。
「もうめちゃくちゃ震えながら、本当にすいませんって泣いて辞退して起業しました」
創業日は卒業1ヶ月前。父親に登記費用を立て替えてもらい、500万円のシード資金で会社をスタートさせた。
最初に作った「ログ」は、好きな映画・本・音楽・漫画を記録して友人と繋がるサービス。続いて手がけた「クラス」は、Facebookログインの半匿名で同年代男女10人がランダムにチャットグループを組む青春再現アプリだった。
しかし、致命的なバグが発生する。リリース当日までのカウントダウン演出があり、「あと9日」「あと3日」とユーザーの期待を煽った末、開始日にアプリを開くと「卒業おめでとう」と表示されてフリーズしたのだ。
「Twitterではみんな『もうすぐ始まる、楽しみ』と言っていたのに、開いた瞬間に卒業した、というキャプチャが拡散されました。今ではネタですけど、当時は『なんだこの爆弾』と」
創業メンバーやインターン生はほとんど離脱。資金は半年で底をつきかけた。
受託開発で食いつなぎながら、真子氏は自分にできて、かつ売上が立つことを考え、プログラミングスクールを開始する。Facebookで告知しただけで初月から1000万円近くの売上が立ち、想定を超える需要に絞り込まざるを得なかった。
しかし2017年、教室を一気に全国展開した時に景気は悪化する。
「1教室を2教室にしても売上が2倍にはならず、1.3倍程度。社員が100名以上いる状態で会社の残高がゼロになりました。これが会社が潰れるということかと、その時に気がついた」
奇跡は2つあった。連絡が取れなかった銀行が「融資します」と返答してくれたこと。そして仕込んでいた3ヶ月の本格エンジニア育成プログラムが、資金繰りが本当にやばいタイミングで急速に伸び始めたこと。会社は恐ろしいV字回復を見せた。
2019年、社員でフルカブメンバーだったメンタリストDaiGo氏(チャンネル登録者20万人時点)から「絶対やった方がいい」と勧められ、YouTubeチャンネル「マコなり社長」を開始。半年で1万人、その後は急成長を遂げ、毎月数億円の売上を生む広告効果も発揮した。
2020年の上場を見据え、デットファイナンスを含めて18.3億円を調達。「2ヶ月で200人」の正社員採用を実行し、丸の内など立地最高の教室を数億円かけて整備した。家賃1000万円超のオフィスも構え、売上100億円タッチを掲げた。
「ぶっこむ判断しかなかった。VCからも『使え』と言われますし、もうオールインしかないと思っていた」
そこに襲いかかったのが新型コロナウイルスだった。
「もうそこからは記憶がないぐらいカオスです。オフラインで人と近づきたくない時代に、僕たちはオフライン教室を強みにしていた」
オンラインで粘ったが、スタートアップに必要な「モメンタム=勢い」を失った。2021年、2回目の人員整理を実施。この件を週刊誌が報じ、社内スピーチの一部が切り抜きで拡散された結果、真子氏は大規模な炎上に巻き込まれる。
「LINEのオープンチャットに600人ぐらいの『マコなり被害者の会』ができていました。家を特定されたり、会社の下に人が来たり。タクシー移動しかできなかった時期もあります」
ビジネス系YouTuberとしての知名度が、当時流行していた「炎上系」コンテンツの格好の燃料となった。会社のサービスブランドにもネガティブイメージが付き、YouTubeと事業の好循環は逆回転を始めた。
「正直、自分がまともに今日を生きるのに精一杯。リーダーとして自分がしっかりしないといけないので、あえて考えないようにしていました」
戦略的な軸足はB2Bへ移行することが決まっていた。しかし真子氏自身はB2Cの経験で育ったキャラクターであり、「自分はB2Bに向いていない」と感じるようになる。
そしてもう一つ、決定打となった感情がある。
「またいつ炎上するか分からないという恐怖です。コンビニで何かを買って帰るだけでも炎上するかもしれない。会社にとっても自分にとっても健全じゃない。株主からも、登録者100万人近いYouTuberが会社にこれだけ影響する構造はリスキーだと見られていました」
長い「女装期間(沈黙期間)」を経て、経営陣・株主と協議のうえ2023年に退任。株式には興味がなく、残った経営陣に譲渡したという。
退任後、真子氏が立ち上げているのがAI活用情報を発信するメディア「マジAI」だ。
もともとテクノロジー教育のリーダーとしてAI、VR、Web3などのブームを通り抜けてきた経験から、ChatGPT登場時も最初は「半信半疑」だったという。しかし2024年夏、ClaudeでYouTube原稿を書かせた瞬間、「これはとんでもないことになる」と直感した。
「これを使わなきゃ生きていけないと思ったんです。けれど自分が一定のリテラシーを持っていてもツール検証は大変で、これからAIに興味を持つ人たちがついていけるわけがない。じゃあ自分がやろうと」
登録者100万人をバイネームのトーク動画で築いた発信ノウハウを総動員し、AIで一次出力をしつつ人間がクリエイティブに集中できるシステムを構築。1日16時間コードを書いているという真子氏は、収録直前までもプログラムを書いていた。
メディアの基本方針は「全部無料」。背景には知識格差をなくしたいという想いがある。年明けにはAI、クリエイティブ、テクノロジーの掛け算で「自動化ツールを1人で作り上げる人材」を育成するプログラムも始める予定だという。
対談の最後、若手経営者に向けたメッセージを問われた真子氏は、自身のスタイルをそのまま勧めはしない、と前置きしたうえでこう語った。
「準備が整ったら本番が来ると思っていたら、一生来ない。打席に立ってからどう打つかを考えるんです。やると決めてやらざるを得ない環境に飛び込む。それ以上に自分を成長させる方法はない。一言で言うと、環境にこだわれ。みんな分かっているけれど、どんな環境に自分を置くかが全てを決めるんです」
限界の中で会社を伸ばし、限界の中で退任を決断した経営者の言葉には、机上の理論にはない重みが宿っていた。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
