社員が辞めたいと言ってきた時、経営者はどう対応すべきか。DMM創業者・亀山敬司会長が、引き止めの是非、退職理由の本質、そして「人件費に常識はない」という人材戦略の核心を語る。
社員から「辞めます」と切り出された時、経営者はどう向き合うべきか。引き止めるべきか、潔く送り出すべきか――多くの経営者が一度は直面するこの葛藤について、DMMグループ創業者の亀山敬司会長に聞いた。
話は退職対応にとどまらず、人件費の考え方、価格戦略、借入とエクイティ調達の判断基準にまで広がっていく。亀山会長が一貫して語るのは、「商売としてシンプルに考える」という極めて本質的な経営観だった。
まず大前提として、亀山会長は引き止めの効果に懐疑的だ。
「引き止めて止まるもんならもうちょっと粘るけど、大抵止まらない。『来月からここに決めてるんで』というところまで来てたら、大体もう変わらない」
社員が「辞めます」と告げてくる時点で、既に次の職場を決めているケースが多い。経営者側が条件を出しても、心はもう離れていることがほとんどだという。
では、辞意を表明する手前――まだ揺れている段階ではどうか。亀山会長によれば、退職理由は概ね3つに分類される。
- 待遇(給与・労働条件)の問題
- 人間関係(特に上司や同僚との折り合い)
- 「やりたいことが見つかった」という新たな目標
このうち、待遇や人間関係が原因であれば、給与調整や部署異動という打ち手は一応ある。だが、「やりたいことが見つかった」と言われたら、亀山会長の答えは明快だ。
「『やりたいこと見つかりました』って言われたら、『じゃあ頑張れよ』としか言いようがない」
うちで見つからなかったものを他で見つけたのなら、止める理由がない。本当の理由がどうであれ、そう告げてきた相手には祝福を返すしかない、という割り切りである。
亀山会長は退職を「振られる」ことに例える。
「うちらとしてはその給料を払ってもいいねって言って出してるわけ。でも辞めますって言われたわけだから、振られたわけじゃない。振られたら悲しいけど、ストーカーになるわけにはいかないから、まあ、じゃあ幸せになってねって」
欲しい社員が辞めるのは傷つく。「見捨てられたみたいなもんだから」と亀山会長も率直に認める。ただし、その傷の本質は会社側の力不足にあるという視点を持つことが大切だと語る。
「経営者としては人件費を抑えたい思いもあるわけ。でもそんな中で、大事な社員にここまでしか出せないなとなった時に、もっと高いオファーが来てそっち行きますって言われたら、力不足だなって話になる」
コストをかけずに対応できる打ち手として、部署異動を試みた経験を持つ経営者は多い。インタビュアー自身もその一人だ。だが、亀山会長は安易な異動には注意を促す。
「不満がめちゃくちゃ生まれて、いたちごっこみたいになる」
たとえば、人気のある動画制作部門と、人気の薄い営業部門があるとする。誰もが制作に行きたがれば、営業部門は成り立たない。ここで亀山会長が示す解決策は、職務に応じた手当の差別化だ。
「営業の方は手当として、月5万円付くよと。こっち(制作)に行ったら外れるよ、と。職種によって違うことがある」
そうすると、子どもが生まれたばかりで収入を増やしたい社員は手当が付く部署を選ぶし、やりがい重視の社員は人気部署を選ぶ。需給に応じて報酬を調整することで、組織は自然にバランスが取れていく、という考え方だ。
離職率の話題になると、亀山会長は会社の規模ごとに対応を変える必要があると説く。
「10人ぐらいの時は結構密に、こいつ誕生日だから何か送ろうとか、たまに飲みに行こうとか、そういうことはあった」
社員数が数百人、数千人と増えてくれば、社長が一人ひとりにメールを打つことすら難しくなる。だが、二桁規模であれば、社長自身が社員一人ひとりの考えを把握できる。「いきなり辞めます」と言われる事態自体が起きにくい。
一方、組織が大きくなった時に重要になるのは「離職率の分析」だという。
「全社で20〜30人辞めても、それは個別の問題。離職率って言うのは、ある程度規模になってから考えるもの。まずは部署ごとに見る。この部署は20〜30%、ここは5%、ここは0%――。30%もまずいけど、0%もまずい」
離職率がゼロというのも、新陳代謝が起きていないサインとして警戒すべきだという。亀山会長によれば、適正値は5〜10%程度。高すぎても低すぎても、組織の健康度に問題がある。
大きな組織では、退職する社員が本音を語ってくれる場が貴重な情報源になる。
「辞める時に、誰々が嫌いだとか上司が嫌だったとか、本音ベースで話してもらう。辞めるんだから好きなこと言ってもいいでしょって。人数が増えてくると、なんで辞めたのかよく分からない」
ヒアリングの結果、人間関係や上司との関係が原因であることが多いという。同じ会社の中でも、上司次第で離職率が極端に高い部署と低い部署が生まれる。組織を健全に保つには、辞める人の声を仕組みとして拾い上げる必要がある。
話は給与水準と採用に及ぶ。地方でエンジニアが集まらないと相談してきた経営者の例を、亀山会長はこう語る。
ミッション・ビジョン・バリューを並べて訴えても、内容が地味だと若者の心は動かない。
「いいこと並べたって、内容地味じゃん。もう金だよ、金。コンサルに100万払うぐらいだったら、それを人件費に振り分けろと」
時給1,000円の人を2,000円にすればいい。シンプルな結論である。
人手不足下の飲食店についても同様の指摘をする。インバウンドで客は並んでいるのに、店内の席はガラガラ。理由は片付ける人手が足りないからだ。
「時給1,500円、1,600円だから来ない。だったら2,000円出せばいい。経営的に計算すれば、時給2,000円〜3,000円払って人を入れた方が、売上が立つ」
さらに踏み込んで、メニューを10〜20%値上げすれば、人件費の上昇を吸収しても利益は増える。
「需要と供給。お客さんがいっぱいで店が回りませんって言うなら、時給を上げて、お客からもらう値段も上げればいい。それだけ」
ここで亀山会長が強調するのが「人件費に常識はない」という言葉だ。相場や慣習に縛られず、ビジネスとして合うかどうかで判断する。長期雇用とスポット雇用は分けて、長期にはボーナスや変動費で調整する余地を残す――そうした柔軟性が必要だという。
人件費の話と同じロジックは、借入にも当てはまる。
「俺、ノンバンクに金借りたことあるんだよ。23%とか30%で。普通の会社向けの商工ローンみたいなやつで」
手持ちの資金は乏しいが、数十億あれば年率80%で回せる案件があった。だったら30%で借りても勝てる、という判断だ。
「3%で借りた金で8%の利益を取るか、30%で借りた金で80%の利益を取るか。リターンが大きければ、大きく借りていい」
消費目的の借金とは話が違う。「投資のための借入は、計算さえ合えば使えばいい」と亀山会長は言う。
逆に、低金利で借りた資金が眠っていれば、それは機会損失だ。インフレ局面で現金を寝かせるのは「一番もったいないパターン」。借りた金が活かせないなら、返してしまった方が利益は増える。
「1億の安心を200万で買ってるみたいな感覚」
保険についても、確率論で言えば加入者が損をする商品だが、人は不安を平準化したくて加入する――そう冷静に分析する。亀山会長自身は今、保険には入っていない。
デット(借入)とエクイティ(株式)の比較にも話は及ぶ。
「借入の方が計算が楽。30%で借りても80%で回るなら、50%残るね、と。シンプル」
だがエクイティは違う。
「会社が10年後にどうなるかを今いくらで売っちゃおうか、という話。所有権を渡すから、体の一部を渡すというか」
株主が増えれば、決済を会議に通す必要が出てくる。「500万のご決裁したいんですけど」と頭を下げる場面も生まれる。経営スタンスがまったく変わるのだ。
「全部の責任は俺じゃなく、皆さんへの責任もあります、という覚悟がいる。社員への責任、株主への責任。関係者がかなり増える」
この発想から、亀山会長はエクイティ調達には慎重姿勢を貫く。
最後に、ある中小企業のデータが話題に上った。年2回のボーナスを支給する会社では、ボーナス支給直後に退職者が集中するという現象だ。
これをどう解釈すべきか。亀山会長の見立てはシンプルだ。
「ボーナス毎年もらえるのに辞めるってことは、ボーナス込みで割に合わないってこと」
つまり、退職の最大要因はやはり報酬への納得感である。人格的な相性や会社のビジョンが合うかどうかも要素ではあるが、根底には「この給料でこの仕事は割に合うか」という社員一人ひとりの計算がある。
「経営者の基本は、いかに利益を取って再配分して組織を維持するか。収益の高いものをやって社員に還元して、社員も『これだけもらえるなら頑張ろう』となる」
亀山会長の話を貫くのは、「ビジネスはシンプルだ」という姿勢である。
人件費は相場ではなく需給で決まる。価格も同じ。借入は金利の絶対値ではなくリターンとの相対で判断する。エクイティは資金の話ではなく会社の所有権の話だ。退職対応も、引き止めるか送り出すかという感情論ではなく、出るべき構造があるのに人がいない状態をどう解決するかという経営課題として捉える。
「合わない仕事は取ってくんなって話になる。受注の段階でもう、宅配を倍にして仕事取れるか、というシンプルな話」
相場や常識ではなく、自社のビジネスとして数字が合うかどうか。亀山会長が一貫して語るのは、その問いを経営者が逃げずに突き詰めることの大切さだった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
