100万人YouTuber「スーツ交配」が突如「悟りを開いた」と発信し話題に。DMM亀山会長との対談で語られた、執着・自尊心・死の恐怖、そしてビジネスと表現者としての境界線。経営者と表現者、二人の異色対談から見える人生観。
旅行系YouTuberとして登録者100万人を抱える「スーツ交配」氏が、突如「死の恐怖がなくなった」「悟りを開いた」と発信し、ネット上で大きな話題となった。インドで得度式に参加し「龍」という名前まで授かったという同氏が、DMM.com会長・亀山敬司氏と一対一で語り合った。本記事はその対談を再構成したものである。
スーツ氏は冒頭、自身の現状をこう振り返る。「元々お金儲けが好きではなかった。高校卒業後、JRで働きたかったが叶わず、資本主義に飛び込んでみようとYouTubeを始めた。何億円か手に入れたが、ここから先どうすればいいか分からなくなった」。一人で考え続けた結果、「あらゆるものに執着がなくなった」のだという。
亀山会長もまた、20代で同じような経験をしたと語る。
「君みたいなもので20代で色々考えて、一旦それで終わったような状態ではあるかな」
亀山会長は若い頃、サウジアラビアの紛争地帯にも一人で足を運んだ経験がある。「死ぬのが逆に怖くなくなった。怖くないこと自体がショックだった。こんなことを繰り返しても何も見つからないと思ってしまった」と振り返る。
そして、誰かのために死ぬことよりも「誰かのために生きる方がよっぽど困難」だと指摘する。瞬間の勇気で死ぬことは案外簡単だが、人のためにこの世で生き続けることのほうが難しい――。亀山会長はそう語った。
スーツ氏が「悟った」きっかけは、ある日食べた1200円のパスタだったという。
「コーヒーとしょぼいサラダ、シーチキンの缶詰が乗っただけのパスタ。『うわ、しょぼいな』と思った。でも、まずいとかうまいって俺が勝手に思ってるだけだよね、1200円という金額も誰かが勝手に決めて、その価値があると信じてるだけじゃん――そう本気で思って食べたら、まずかったパスタが何も感じなくなった」
この体験から、自分の感覚すら制御できることに気づいたという。
亀山会長の語りには一つの特徴がある。本の引用や他者の言葉をほとんど使わず、自身の体験のみで語ること。
「俺の話は『どこどこの誰々が言ってました』とか本の抜粋は何もしない。昔金を盗まれた、昔こういう恋をした、手に握れなかった女の子がいた――自分の体験しかないから、すごく狭いんだけど、ある意味オリジナルではある」
スーツ氏もこれに同調する。「ブッダは悟りに辿り着いたわけで、仏教がなくても自分で悟りまで行けた。本を読まなくても自分で1から相対性理論を導き出すこともできるかもしれない」。亀山会長は「仏陀とダチになれる」と表現し、対等な議論ができる存在として捉えるべきだと語った。
対談が深まる中、亀山会長は意外な本音を漏らす。
「悟った人間ってはっきり言ってつまんないよ。悟ろうとしているうちが楽しいんじゃない?少しマシになろうと思う日々が楽しい」
スーツ氏は「悟っているというよりも旅の途上なんだと思うよ」という亀山会長の言葉に深く頷いた。「まさにその通り。悟りって結局、本当はそんなものないものを『あるように』言って『私は悟りました』と言ってるだけ」と認める。
スーツ氏が現在の自分を表現する肩書きは「無職」だという。
「自尊心を昔から解体したいと思っていた。一番自尊心がなさそうな肩書きって、無職じゃないですか」
100万再生を取るYouTuberとしての自尊心、4億円規模の会社経営者としての地位――それらに縛られて生きることへの違和感。アメリカ大恐慌時に空売りで巨額の利益を得ながら、最後は自尊心を維持できず自殺した投資家の話を引き合いに出し、「自尊心を小さくする方法を考えたら、そんなものないじゃんと気づいた」と語った。
企業案件への影響も率直に認める。「実際、仕事は減りました。でも、命のほうがお金より大事だと思っていたから、お金を捨ててみても意外と大したことないと分かれば、自分を全部壊すことができる」
亀山会長は鋭く問う。「ビジネス苦手でクリエイティブ好きなのか、どっちもどうでもいいのか、どっちなんだ?」
スーツ氏の答えは「どっちもどうでもいい」。会社についても「経営する意味もないなと分かっている。これ以上お金が欲しいわけでもないのに、お金のために働いてもしょうがない。別に解散すればいいのかもしれない」と語った。
信用を一度壊し、もう一度作り直すことにも面白さを感じているという。「壊すのも作るのも、何もないのも同じだったな」――その俯瞰的な視点が印象的だった。
今後の方針を問われたスーツ氏はこう答えた。
「周りから刺激を受けて流れが変えられる気がするので、流しそうめんみたいに周りから作られた流れに乗って生きていこうかなと」
亀山会長も「俺もビジョンで生きていない。流れで生きてる」と応じる。ただし「商売という軸は変わっていない。他の遊びよりも楽しいから」とも付け加えた。
対談の終盤、亀山会長は印象的な比喩を残した。
「世の中、金だ愛だと言いながら、右に行ったり左に行ったりしながら、螺旋状に少しずつ真っ当なものになっていくだけ。10代の頃の愛と今の愛はちょっと違うだろう」
振り子のように振り切ることで、初めて中庸が分かる。一度家族や責任を捨てたと言ってから戻ってきた時の責任感は、捨てたことがあるからこそ理解できる――。亀山会長の言葉は、悟りも執着も「旅の途上にある」ことを示唆していた。
スーツ氏は最後にこう語った。「亀山さんが一番悟っている説はありましたね。最初から執着していなかった方なんだなっていうのが衝撃でした。僕はまだ俗の最中だなって、めちゃくちゃ思いました」
亀山会長は微笑みながら締めくくる。「全てのことが修行ですよね。本当に」
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
