21歳でインド向けYouTubeメディアを売却した高橋文子氏が、立ち上げから売却交渉、その後の新規事業立ち上げまでを率直に語る。買い手側に立ったM&A CAMP代表の視点も交え、スモールM&Aの教訓とPMIの重要性を掘り下げる対談。
M&A体験談シリーズの今回は、約1年前にYouTubeメディアを売却した高橋文子氏をゲストに迎えた対談をお届けします。インド向けYouTubeチャンネルを立ち上げから2年で登録者15万人まで成長させ、21歳で売却。買い手は本記事を運営するM&A CAMP側であり、売り手・買い手双方の視点から「YouTube売却のリアル」を語ります。
高橋氏は、16歳でのインド留学をきっかけに「インドマーケットは大きく、伸びそうだ」という感覚を持ち、起業への関心と結びつけて事業を構想していきました。最初に取り組んだのは、日本向けにインド関連コンテンツを発信するTikTokアカウント。2019年当時で約1万フォロワーまで伸ばしたものの、TikTokの広告収益化がまだ十分に整っていなかったため、収益化には至らず一度挫折します。
その後立ち上げたのが、インド向けのYouTubeメディアでした。当時日本で流行していた「出川イングリッシュにアメリカ人がリアクションする」「日本の女優を海外の人がランキングする」といった“海外の反応”系コンテンツに着目し、インド向けで同様の切り口を展開するプレイヤーがほぼいなかったことから、差別化の余地を見出してスタートしたといいます。
「やりたい気持ちが先というよりは、空いている領域を見極めて始めた」と語るとおり、過去にビジネスコンテストへ多数出場しながらも収益化に至らなかった経験から、慎重にマーケットを読む姿勢が事業設計に反映されていました。
立ち上げ当初は売却をゴールに据えていたわけではありません。エンタメ系YouTubeであり、自身も出演しているため属人性が高かったこともあり、出口としてのM&Aは想定外でした。しかし2年目あたりから「欲しい」と声をかけてくる企業が複数現れ、メディアにも“出口”があるのだと気づいたことが転機になります。
もう一つの大きな要因は、運営体制の変化でした。立ち上げ期は学生メンバーで“サークル気分”に近い形で運営していたものの、コアメンバー2人が抜けたことで、売却の1年半ほど前からほぼ一人運営に。演者・編集ディレクション・案件営業・新企画・キャスティングまで一人で担い、自転車操業的にエネルギーを消耗していたといいます。インド向け広告収益は日本向けの数十分の一というレベルで、収益面でも厳しさがありました。
本格的に売却に向けて動き出したのは、実際の売却の約1年前。以降、3社程度との交渉を経ることになります。
売却交渉は、想像以上にハードな経験だったと高橋氏は振り返ります。最初の半年ほどは弁護士を立てる余裕もなく、交渉も契約書チェックも基本的に自分一人でこなしていました。相手企業は法務担当を含む複数名のチームで臨んでくるため、M&A未経験の売り手としては圧倒的な情報格差を感じ、「これでいいのか」という不安を抱え続けたといいます。
救いになったのは、起業家コミュニティに身を置いていたことで、M&A経験のある先輩起業家を紹介してもらえたこと。契約書を一緒に確認してもらうなど、外部の知見を借りながら交渉を進めました。「YouTuberというよりも起業家のコミュニティに属していたことが幸運だった」と語ります。
複数社からのオファーの中で、高橋氏が売却先を選ぶ基準として重視したのは、売却額そのものではなく「ロックアップ期間」と「次の挑戦への自由度」でした。長期キャリアの中で“本命の一打”という意識ではなかったからこそ、終わった後にどう次のチャレンジへ進めるかを軸に置いたといいます。
属人性の高いチャンネルという特性上、初期の交渉では「2年間コミットしてほしい」「メディア担当として入社してほしい」といった、採用に近い性格のオファーも少なくありませんでした。インド事業部を抱える企業からのアプローチが多かったものの、自身の描くビジョンとは合致しないケースが続いていたといいます。
最終的にM&A CAMP側に売却を決めた背景には、メディアを自社で複数育てていきたいという買い手の方針と、2〜3年来のプライベートな付き合いから人柄を理解していたことがありました。買い手側のシュ氏も「こちらもM&Aは初めてだったが、人として良さそうだと思って即決に近い形で進めた」と振り返り、「世界一平和なM&Aだった」と語ります。
売却後はロックアップ期間が10ヶ月ほどあり、その直前まで激務が続いていた反動から、しばらくは「働きたくない」状態だったといいます。2〜3ヶ月のゆっくりとした期間を経て大学に復学し、単位を取りながら半年ほど“ギアを入れない時間”を過ごしました。
その後立ち上げたのが、訪日観光客向けの新しい東京土産ブランドです。インド向けのD2C商品(指輪)を扱う事業で、これまでのメディアビジネス——案件ベースで他者のサービスを広げる仕事——とは対照的に、「自分で仕入れて、目の前の人に売って喜んでもらう」という商売の基本に立ち返るものでした。
メディア事業で蓄積した海外向けマーケティングの経験を活かしつつ、インドの工場20社ほどに自ら赴いて契約先を探し、リブランディングして日本で販売する形をとっています。立ち上げ1ヶ月で損益分岐に到達し、自己資金でのスモールスタートが軌道に乗り始めているといいます。売却で得たキャッシュを新事業にオールインできたことも、踏み切る後押しになりました。
高橋氏がM&A経験から得た学びは、大きく二つあります。
一つは、事業の「立ち上げから出口まで」の一連のフローを若いうちに経験できたこと。ビジネスコンテストなどで事業立ち上げの経験は得やすいものの、それをどう終わらせるか・引き継ぐかまでを高い解像度で体験できる機会は稀です。「次に事業を作るときも、出口を意識して最初から設計できる視点が手に入った」と語ります。
もう一つは、買い手の立場への理解です。売却交渉では相手企業の方が規模が大きく、売り手の立場は弱くなりがちで、心理的にしんどい局面が続きました。しかし「買い手はどうなるか分からないものに対してリスクを取って買ってくれている。安く買えるに越したことはない以上、交渉がタフになるのは構造的に当然」と理解した上で臨めば、もう少し気持ちが楽だったといいます。
買い手側のシュ氏は、本件を含めて複数件のYouTubeチャンネル買収を経験する中で、いくつかの反省点を語っています。
本件では、デューデリジェンス(買収対象の事業価値や財務・法務状況を精査するプロセス)をほとんど行わなかったといいます。「インドマーケットは大きく、本人も知り合いで信頼できる」という直感的な判断が大きく、結果として“面で買う”ことになってしまった点を率直に課題として振り返ります。
学びとして挙げているのは次の二点です。
第一に、本業とのシナジーがない買収は基本的に避けるべきだということ。社員10名規模の組織で、領域の異なる複数事業を同時に走らせるのは負荷が大きく、不慣れなマーケットへ踏み込むことのリスクも大きい。「自分たちの規模に合った、失敗しても大丈夫な額で買う」ことの重要性を強調しています。
第二に、PMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)が成果の8割を決めるということ。買収後に別事業の売却話が重なって忙しくなり、PMIに十分なリソースを割けなかったことが、結果に響いたといいます。担当者一人を立てるだけでは解決せず、創業者や経営メンバー自身が「買った事業に本気でコミットする」と意思決定し切ることが不可欠だと語ります。「M&Aは結婚のようなもの」という比喩はその実感を表しています。
結果として、当初構想していた「インド人の在日生活コンテンツ」から「インド×キャリア」への転換は容易ではなく、チャンネルの方向性を変える難しさも痛感したといいます。教科書的に語られるM&Aの注意点は、やはり正しかった——というのが買い手側の総括です。
本対談は、売り手・買い手双方が「初めてのM&A」だったケースの率直な振り返りです。スモールな規模だったからこそ、双方が一連のフローを経験し、構造的な力学(情報格差、交渉の非対称性、PMIの難しさ)を腹落ちさせることができたといえます。
高橋氏は売却で得たキャッシュと時間を新たなD2C事業に投じ、買い手側はM&Aの教訓を以後の意思決定に活かしながら、双方が次のステップへと進んでいます。「1人の運営体制から、企画も手札も増えた」と振り返る高橋氏の言葉は、M&Aを“出口”ではなく“通過点”として捉える視点を象徴しています。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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