創業から1度を除きずっと黒字を継続する北の達人コーポレーション・木下勝寿社長。資金調達したお金も使わず、家計感覚で経営してきた独自スタイルとは。手応えベースの意思決定、現場主義、潜入感を捨てる姿勢など、着実に成長を続ける経営哲学を聞いた。
北の達人コーポレーションの木下勝寿社長は、大企業の経営者でありながら、稼働時間の95%を社内で過ごす。理由はシンプルで、ネット通販という業態において「ネット上こそが現場」だからだ。
「外に出ていること自体が現場に出ていない状態になる。ちゃんと現場仕事を見ようとすると、パソコンの前に張り付いているのが一番の現場主義」と木下氏は語る。業務上の会食はほぼゼロ。年間の接待交際費は10万〜20万円程度で、社員のお弁当代のほうがはるかに大きいという。
通販業界では広告運用、コールセンター、システム開発などを外部委託するのが一般的だが、北の達人は商品製造と物流の梱包出荷以外、ほぼすべてを自前で手掛けてきた。
「Eコマースが世の中に出始めた頃からやっていたので、そもそも外部に委託できる先が存在しなかった」と木下氏。結果として事業の最下層から最上層までを自分たちで把握する体制ができ、数字の良し悪しの理由を全て掴めるようになった。
木下氏が会計について用いる言葉が「家計の感覚」だ。一般家庭が借金をしないのと同じく、入ってくるお金以上に支出しない。創業期に資金調達を経験したものの、実は調達した資金は使わなかったという。
「ベンチャーキャピタルがお金をくれるらしいぞ、という噂を聞いて行ったような感じ」。当時はライブドアショック直後でVC側も堅実な投資先を求めており、北海道で着実に伸びていた北の達人は4社中3社から出資を受けた。
創業当初はカニやメロンなど北海道特産品の通販で、CPO(顧客獲得単価)を貼って後でLTVで回収するモデルではなく、単発回収が前提だった。集客はメールマガジン中心で、懸賞サイトに商品を出して応募者にメルマガ登録してもらう仕組みで20万人規模の読者を抱えた。
年商2億円程度で限界を感じた頃、北海道特産品の一環として健康食品を扱い始めると、定期購入モデルが成立。当時はCPOが安く、3,000円の商品をCPO 4,000円で獲得して定期購入で回収できるという好条件で、利益が大きく出た。創業以来、赤字は1回だけだ。
木下氏が繰り返し強調するのが「手応えベースで判断する」という姿勢だ。
「自分でやってみてこれぐらい投入してもいけるな、と分かった上で投入するなら良い。だが、多くの人は自分の手応えではなく、他社や世間がそうやっているからという理由で調達して赤字を掘ってしまう」
商材はEコマースの中でも、北海道特産品と健康食品、化粧品では全く違う。同じ化粧品でもファンデーションと美容液では違う。にもかかわらず他社の数字を元に「これぐらい回収できるはず」と判断するのは「目をつぶって運転するようなもの」だと警鐘を鳴らす。
組織が大きくなるほど、社員は「めんどくさい」末端の仕事から離れていく。そこで木下氏は、お客様がお金を払う顧客接点こそトップが確認すべきだと考えている。
参考にしているのはソフトバンク・孫正義氏のエピソード。ボーダフォン買収時、孫氏は日本中の携帯端末をすべて取り寄せて自ら一台ずつチェックしたという。
「賢くてかっこいい仕事は誰かが必ずやる。社長は、みんながやりたがらない地べたのところだけ押さえておけばいい」。木下氏自身も、書籍の帯コピーやYahoo!ニュースの記事タイトルまで自ら手掛けることがある。
木下氏は穏やかな印象を持たれることが多いが、その背景には「約束を守るための一番大事なことは、できない約束をしないこと」という哲学がある。
だからこそ大きなビジョンを語らない。「みんなにすごいすごいと言われると、本当にすごいのかなと思ったり、自分ならできるんじゃないかと思いがちになる。自分ができる範囲を知って、できないことはできないと言うことを絶対のルールにしている」
他人にどれだけ言われても、自分がやってみて手応えがないことはやらない。「あなたに何が分かるんですか、という話。参考意見は聞くが、自分で思っていないことを受け入れることは絶対にない」
若い頃から完全な自己流だったわけではない。情熱を持つ少し前までは、師匠と決めた人の言うことを一旦やってみる時期があった。上場した頃に「もしかして経営がうまい方かもしれない」と思い始め、自分のやり方で問題ないと判断するに至ったという。
「うまくいく人とうまくいかない人の差は、自分らしさを出すタイミング。いきなり自己流は絶対ダメ。最初は型を守り、自分らしさを出してみて、最後に確立する。最後の段階で自分らしくやる人が大成功する」
札証アンビシャス→札証本則→東証2部→東証1部と4年連続で市場変更を果たしたが、これも当初から目指していたわけではない。
「アンビシャスに行ったら『本則行けますよ』と言われて『じゃあ行きます』と。1mのバーを跳ぼうと準備してジャンプしたら2m跳んでしまった、という感覚」
資金調達のためでも見栄でもなく、子供がいないため「みんなの会社」にしておこうという発想と、北海道で育った企業として人材を集めるためにパブリックカンパニーになっておく必要性から上場を選んだ。
上場企業として株価には責任を持つが、「実力以上の株価がついてはいけない」というルールを設けている。
「金融商品で株主に満足してもらうには株価が上がり続ける必要がある。一気に実態以上に上がると下がる。理想は会社の業績と完全に連動させ、ちょっとずつでも右肩上がりにしていくこと」
そのために有価証券報告書では一つ一つの数字をすべて説明する。広告投資が想定通り使えず利益が増えた場合は「ポジティブな増益ではない」と明記し、逆に投資が成功して利益が減った場合は将来の伸びの根拠として説明する。
木下氏が最重視する考え方が「潜入感を捨てる」ことだ。
紙のカタログ通販の人々がネット通販で成果を出せなかった理由は、紙時代のしがらみに縛られたから。写真の撮り方ひとつとっても、カタログ通販は「綺麗に撮る」のに対し、ネット通販は「いかに美味しそうに湯気を立たせるか」と全く異なる。
自身もパソコン通販からガラケー通販、スマホ通販への移行時には完全に過去の考えを捨てた。20代で年商10億円、利益3億円を出すような若手経営者から学ぶのも「経験がいらないやり方」を知るためだという。
「人の能力は思い込みによって塞がれていく。幼稚園の頃は無限の可能性があると思っていたのに、経験を積むほど『できないんじゃないか』という思い込みが増えていく。成功している人ほど潜入感を捨てている」
スタートアップ界隈では「TAM(市場規模)を見ろ」と言われがちだが、木下氏のスタンスは異なる。
「商品を出すとき、市場がどうこうではなく、10人に聞いてどれだけが欲しいと言うかで判断する。40代女性10人中3人が買うと言うなら、ネットでアプローチできる500万人の30%、150万人が買う可能性があると考える」
ライザップやチョコザップ、生キャラメルのヒットも、既存市場から逆算したものではなく目の前の人の反応から生まれた。「TAMを見ないといけないのは何千億のビジネスの話。数億〜数百億までは関係ない」
VCの調達順序のテクニックや業界トレンドなど、外部から入ってくる「常識」は上場経験者の感覚と乖離していることも多い。
「上場した後は、機関投資家はプロだから、いい格好を言っても『お客さんにどれぐらい受けているか』しか見ない。本質しか見ない。だったら最初から本質をやっておいたほうがいい」
結論として木下氏が辿り着くのは、極めてシンプルな原則だ。
「トータル何も考えなくていい。お客さんだけ見ておけばいい。お客さんが『これいい、お金を払う』と言っていたら、なんとかなる」
キラキラした言葉に踊らされず、家計の感覚で着実に黒字を積み上げる。手応えのないことには手を出さず、できない約束はしない。顧客接点はトップが押さえ、潜入感は意識的に捨てる——。北の達人コーポレーションの長期黒字経営を支える木下氏の哲学は、急成長と利益確保を両立させたい経営者にとって示唆に富むものだ。
木下氏は新著『一生分の悩みが9割消える 悩まない人の考え方』を発売しており、悩みを思考フォーマットで処理する方法論を体系化している。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
