赤字状態から10億円超の企業価値でエディオンへM&A売却を実現した、子供向けロボットプログラミング教室「ロボ団」を運営する夢みる株式会社の茂美社長。ロックアップなしで5年目を迎える今も同社で経営を続ける関西発の起業家が、M&Aに至る判断、交渉の舞台裏、そしてグループイン後の葛藤と成長を語る。
子供向けロボットプログラミング教室「ロボ団」を運営する夢みる株式会社。創業から10年、関西発のスタートアップとして直営とフランチャイズで全国100教室以上を展開する同社は、5年前にエディオンへのM&Aを選んだ。当時の売上は2億弱、赤字は4500万円規模。一般的なDCF法ではなく、市場成長性とビジネスモデルが評価され、二桁億円規模での売却が実現した異例の事例だ。
さらに珍しいのは、ロックアップ条項なしであるにも関わらず、創業者の茂美氏がグループイン後5年近く経営の最前線に立ち続けていること。今回、茂氏ご本人にM&Aの背景、交渉プロセス、そしてその後の心境変化までを伺った。
茂氏の出自は神戸の中小企業経営者の家系。父は3兄弟で家業を経営し、その背中を見て育った茂氏は、3人兄弟の真ん中として「父に認められたい」という思いから、いつか家業を継ぐことを期待していた。
大学卒業後は中小企業向けコンサルティング会社に就職。父が還暦を迎えた25歳のとき、満を持して後継について尋ねてみたが、返ってきたのは意外な答えだった。
「お父さんも本当は継ぎたくなかった。お前にはもっと自由にさせたい。本当に経営に興味があるなら、継ぐより0から自分でやった方がいい」
もっと早く聞きたかった――そう思いつつも、茂氏はこれを機に独立を決意。社会人5年目の27歳で起業した。
最初の事業は学童保育。教育という軸はぶれなかったが、現実は厳しかった。
「最初は生徒5人しかいなくて、初年度1000万円ぐらい赤字を出した」
日本政策金融公庫から借入をしながら生き延びる中で、よりスケールできる事業を模索。学童保育が稼働しない土日の教室を活用して、2014年に新規事業として立ち上げたのがロボットプログラミング教室「ロボ団」だった。当時はプログラミング教育という概念自体が一般的ではなかった時代だ。
副業的に始めたロボ団が伸び始め、5年運営した学童保育は事業譲渡。ロボ団に経営資源を集中させる決断をした。
転機となったのは、大阪のアクセラレーションプログラム「ブーミング」でメンターを務めたさくらインターネット・田中邦裕社長との出会いだった。
10億円の売上目標を提示した茂氏に、田中氏はこう問いかけた。「100億にするにはどうしたらいいですかね?」
「急に脳をバグらせるワードが出てきた」と茂氏は振り返る。関西の上場経営者たちと触れる中で、上場を本気で目指すように。プログラミング教育が社会から信頼されるブランドになるためにも、上場という形で社会的信用を獲得する必要があると考えた。
2016年からは制度融資を活用し、2500万円を投じてワンフロア100坪の旗艦教室を開設。VCからも2回にわたり総額2.5億円を調達した。1回目はポストマネー約7億円、2回目は約10.5億円のバリュエーション。アセットライトなフランチャイズモデルと市場成長性が高く評価された結果だ。
しかし、茂氏は徐々に上場路線への違和感を抱くようになる。
「上場は手段のはずだったが、自分の野望や目標になっていて、現場のスタッフやフランチャイズパートナーの目標にはなっていない」
さらに教育業界特有の構造的課題があった。子供を預ける親は、知名度のあるブランドを選ぶ。くもん、ECC、コナミスポーツ――こうした既存ブランドが新規参入してくれば、いくらユーザー数で先行していても勝てない。資本力でも大企業には敵わない。
「自力で1人でやり続けても勝てないかもしれない」――2回目の資金調達直後にそう感じた茂氏は、足りないブランド力と資金力を補うために、大企業との連携を模索し始めた。最初はJAXAなどとのコラボレーション。チラシの反響率が1%から3〜4%に跳ね上がるのを目の当たりにし、ブランド力の威力を実感したという。
2019年、税理士法人トーマツのベンチャーサポート経由でエディオンを紹介された。最終的なイグジットとしてM&Aの選択肢も視野に入れた紹介だったが、茂氏は最初警戒したという。
「エディオンは前年から教育事業に参入していて、ロボ団と同じようなロボットプログラミング教室を始めていた。情報を取られるのではという警戒感があった」
しかし規模はロボ団の方が大きく、エディオン側もロボ団をベンチマークしていたという経緯から面談に応じた。8月の初対面から最終オファーまで約3ヶ月。習い事ビジネスは春が集客のピークのため、年内に新体制を発表したいという双方の意向で、デューデリジェンス(企業の財務・法務調査)も含めて怒涛のスピードで進んだ。直近の資金調達時にデューデリジェンスを受けていたことが、調査期間短縮の要因になった。
バリュエーションの起点となったのは、1年以内の資金調達時の評価額。優先株での調達だったため、既存株主が損をしないラインが交渉の前提となった。
茂氏自身は金額よりも、シナジーやグループイン後に何ができるかを徹底的に考えた。
「12月の記者会見では報道陣向けにプレゼンもした。社員、フランチャイズパートナー、そして子供と親――皆が納得してくれるかどうかが、最も気にしたポイントだった」
スタートアップのリスクを感じていた顧客にとって、上場会社の子会社になることは安心材料になる。教育の継続性も担保される。そうしたメリットをいかに示せるかが、茂氏に求められていた役割だった。
茂氏はM&A前、同じ教育業界でM&Aを経験した先輩経営者を訪ねて回った。
「皆、売却後にやめていた。ロックアップが解除されたタイミングで離れていく」
茂氏自身はキャピタルゲインよりブランド力と資金力の獲得が目的だったため、続投する前提だった。先輩たちの経験を踏まえ、エディオン側に3つの条件を提示した。
1つ目はロックアップなし。「2年なら2年でやめられるタイミングが来てしまう。お互いそれを意識すること自体が不毛」と判断した。
2つ目は、エディオンの社長が夢みる株式会社の取締役に入ること。「大企業は担当者が変わると熱量が下がる。途中ではしごを外されないために、トップをグリップしておく」という戦略だ。
3つ目はPMI(M&A後の経営統合)の仕組み。茂氏自身がエディオン本体の教育事業部に部長として入り込む形を提案した。報酬不要、肩書きは何でもいい――子会社と親会社の事業部が融合できる体制を、自ら作りに行ったのだ。
M&A成立直後にコロナ禍が到来。「令和の奇跡」と周囲から言われたタイミングだった。教室を開けられない時期にエディオン店舗内教室の開発を並行で進めるなど、激動の数年間を乗り越えていった。
ブランド統合では、エディオン側が「ロボ団」の名称を活かす決断をした。「エディオンロボットアカデミー」から「ロボ団」へ統一。「エディオンの懐の深さを感じた」と茂氏は語る。
さらに新たな展開として生まれたのが、エディオン店舗内にロボ団教室を併設する「エディオンモデル」。家電量販店の駐車場や知名度を活かし、習い事の送迎課題を解消するこの仕組みは、プログラミングに興味のなかった潜在層にもリーチでき、ロボ団の生徒数を売却後3倍以上に押し上げた。エディオン側にも来店促進や家電・おもちゃの購買増という相乗効果をもたらしている。
順風満帆に見えた茂氏にも、深い葛藤があった。
「周りの経営者仲間は皆オーナーシップを持って自由に意思決定している。自分は子会社で1つ1つ親会社の承認が必要になり、経営者としての心が離れそうになった時期がある」
そんな時、エディオンの株主名簿を見て気づきがあった。尊敬するエディオン社長の持株比率は10%未満。役員も保有株は限られている。M&Aで株式交換していた茂氏自身が、エディオン社内で社長に次ぐ株主だった。
「会社はオーナーシップで動いているのではなく、リーダーシップで動いている。リーダーシップを持つ人たちが組織を動かしている」
そう捉え直したことで、茂氏は新たなモチベーションを取り戻した。グループ内で教育に最も思いを持つ自分がリーダーシップを発揮すれば、必要なことは動かせる――そう腑に落ちた瞬間だった。
もう1つ、M&Aを経て変わったのが経営観だ。
「以前は経営をマラソンだと思っていた。ゴールが遠くてもひたすら走り続けるもの。でも企業が永続的に活動していくには、バトンを繋ぐ駅伝だと気づいた」
いつ「茂さんお疲れ」と言われるかわからないリスクを踏まえ、茂氏は人材育成と組織づくりに一層注力するようになった。
茂氏が強調するのは、M&Aを成功と呼ぶには「三方良し」が必要だという視点だ。
「個人としては十分すぎる金額をいただいた。会社としてもエディオンのアセットを活用して伸びている。あとはエディオンの企業価値、株価にインパクトを与えられる存在にならないと、本当の意味でのM&A成功とは言えない。そこまで設計してやり切らないと、経営者としては半人前だと思っている」
M&Aの輝かしい実績の裏には、壮絶な創業期があった。
「最初の3年が一番しんどかった。社会保険料が払えなくて、生徒さんからいただく月謝が口座差押えにあった。スタッフへの給与支払い直前で口座残高ゼロ。親に土下座して金を借りた」
ストレスから尿管結石を発症し、初めて救急車に乗った経験も。「経営者は精神より先に体に来る」と茂氏は笑う。
2回目の正念場は、資金調達かM&Aかを決断する時期。ランウェイ(資金が尽きるまでの期間)が半年になっていた。ロボ団5周年のバーベキューイベントの夜、役員と難波のスタバで会社の今後を議論した日のことを今も覚えているという。
自己資金、デット(借入)、VC調達、そしてM&A――一通りの資金調達を経験した茂氏は、後輩起業家にこうアドバイスする。
「もし自分がもう一度やるなら、シード期にVCから調達はしない。よほど大きなマーケットで短期勝負しなければならない場合を除き、最初は自己資金とデットで頑張る。プロダクトマーケットフィット(PMF)を達成してからシリーズAで調達した方が、バリュエーションも事業実績も正当に評価される」
もう1つ強調するのは経営メンバーの重要性だ。
「事業成長はボード(経営陣)でほぼ決まると言っても過言ではない。スキルよりも、人として信頼できるか、リスペクトできるかが何より大事」
夢みる株式会社の常勤取締役は、M&A以降5年変わっていない。CFO役員は前職の同僚、教材開発責任者は大学・高校時代からの友人。価値観を共有できる仲間で固めることが、組織の安定につながっているという。一方で「COO(最高執行責任者)を最終的に見つけられなかった」のが心残りだとも語った。
M&Aによって生活の心配がなくなった今、茂氏の働き方は明確に変わった。
「会社の仕事はもうライスワーク(生活のための仕事)ではなく、ライフワーク。だから役員の中で僕が一番給料が低い。他の2人を上げている」
生活のために働く必要がなくなった分、自己実現や社会的な使命感が濃くなる。「やり切りたい」という思いが逆に強くなったという。
背景には茂氏自身の原体験がある。小学校3年から塾に通わされ、勉強が大嫌いだった少年時代。大学のゼミで統計学に出会って初めて学びの楽しさを知った経験から、内発的動機を高める教育、5教科7科目だけではない強み主体の教育ルートを作りたいという思いが原動力になっている。
2024年、茂氏は神戸大学大学院(MBA)に入学。M&Aにおけるシナジーや無形資産評価をテーマに修士論文を執筆中だ。きっかけは70代になっても毎年新しい挑戦を続けるエディオン社長の姿だったという。
「成長とは、できなかったことができるようになること。70歳でフルマラソンやヨットでの遠征に挑戦する社長を見て、自分も毎年1つは新しいことに挑むと決めた」
神戸大学MBAは経営者がほぼおらず、サラリーマン中心の同期70人。それが逆に、これまでの経営者コミュニティでは得られない多角的な視点をもたらしているという。
最後に若手起業家へのアドバイスを問われた茂氏はこう語った。
「事業はピボットするもの。だからこそミッション・ビジョン・バリューが重要になる。その手前にあるのは『志』。志を正しい形でミッション・ビジョン・バリューに落とし込めれば、ピボットしても本質はブレない。だからスタッフもついてきてくれる」
学童保育からプログラミング教室へ事業を変えても、創業期からのメンバーが今も共に働いている。それが何よりの証左だろう。
赤字状態からの二桁億円M&A、ロックアップなしでの続投、そしてグループイン後の事業3倍成長――。「令和の奇跡」と呼ばれた事例の裏には、明確な戦略と、関わる全員を幸せにしようとする徹底した思考があった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。


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