M&A CAMPの福田が、インド・ナグプールで佐々井秀嶺師(90歳)を訪問。資本主義と幸せ、欲望との向き合い方、働く意味、日本の若者への提言まで、若き経営者が老師から受け取った人生の本質を記録した訪問記。
インド仏教徒1.5億人の頂点に立つとされる佐々井秀嶺師(90歳)。石川県出身でありながら、32歳で日本を離れインドに渡り、以来60年弱をこの地で過ごしてきた人物だ。日本との音信は44年間途絶えていたが、現地の週刊誌に師の記事が3〜4ページにわたって掲載され、それを偶然手にしたご両親が生存を知った──そんな逸話を持つ僧侶でもある。
今回、M&A CAMPの福田は、龍子氏の紹介で佐々井師に会うため、ムンバイ経由でナグプールを訪れた。気温45度の灼熱、無限にスパイシーな朝食、車での長距離移動。「人生観が変わるとよく聞くが、来てみないと分からない」と半信半疑で向かった旅だった。
福田が最初に投げかけたのは、現代の経営者なら誰もが抱える問いだった。「日本では『お金が全て』という人が多い。資本主義と幸せは両立できるのか」。
佐々井師の答えは明確だった。「お金を持って幸せな人生を築こうという人もいる。しかしそういう人は日本全体の30%ほど。残りは金で買えるためならどんなこともやる、と振り回されている。そのために行き詰まり、自殺する人も多い」。
さらに師はこう続ける。「金が目の前に浮かんできて欲望に耐えかねない。心が持たなくなる」。一方で、お金そのものを否定しているわけではない。「ある程度は持てる。けれどあまりに持ちすぎても帰って毒になる」。会社の社長が金儲けばかりしていると、子どもたちが争い、強盗事件や運転騒動が起きる──そうして憂鬱になり、うつ病になる人もいる。だから「脅すべきものは脅し、社会のためにどんどん捨てていく」。自分の分以外は社会に還元することが、長く続く幸福の条件だという。
会話の中でたびたび登場するのが龍子氏だ。元は400人の従業員を抱える経営者で、佐々井師に「お前、坊主になれ」と言われ、得度した人物である。
「彼は稼ぎすぎたから反動が来たということですか」と問う福田に、師は首を振る。「自分を見つめる心を持っていた人間。順序や、何をなすべきかを考える人間だったから、地位を捨て、財産を捨てて坊主になれた。それで人のために役立てる方法を知った」。経済の真ん中にいた人物が、まったく関係のない世界に移った──だからこそ「経済も連れてくる、人も連れてくる」。
師の口からはこんな言葉も出た。「金儲けして人にやるんじゃない。金儲けすれば、結局その人を地獄に追い込む」。
「欲望と幸せをちゃんと両立するのは難しい」と若い経営者として率直に問う福田に、師はこう答えた。「欲望はあって自然。本能を負かして生きるのは難しい」。明治の始めまでは坊さんも結婚はできなかったが、明治天皇が結婚を許してから変わった、とも語る。
師自身はどうか。「私は90歳から欲がなくなった」。性欲は80歳まであったという。聞く側が思わず驚く正直さで、若い頃は「戒律を破って」苦しんだとも明かした。
そしてインドに来て、初めて自分の道が本当に分かった、と師は言う。「日本では坊主になっても、どの道に走っていいか分からなかった」。
「佐々井さんにとって、働くとはどういう意味ですか」。
「働くというのが一番大事なんだ」と師は即答する。「足を流す(汗を流す)こと。それが生きる精神」。汗を流して、大事に金を使い、家族を大事にし、子供を大事にし、強調しながら働く。それが師の中学時代の校訓「働く」の意味だったという。
「自分のためじゃない、人々のためにやろう」。これが師が一貫して語る軸である。
師の口調が最も強くなったのは、日本の若者を語る場面だった。「もう日本の若者はダメですね。全然ダメ。全部が全部ダメ」。
一番の問題は何か、と問うと「怠け者になっている」。一生懸命努力し、就職試験を受け、大学を卒業しても、結局は遊びに行ってしまう。さらに「民主主義というか、自由主義に流れて、自由勝手なことばかり言っている。まとまりがつかない」。
「自分勝手な人がどう治るか」については、団結力の重要性を挙げた。「中国でも、朝鮮でも、共産主義的な傾向はあるけれど団結できる。日本は団結が分かっておらず、何もできない」。
「成長したい、会社を大きくしたい」と語る福田に対し、師は「青年だから野望があっていい」と肯定する。ただし、こう釘を刺した。「邪道、横島の道に足を踏み入れたら、若い人生もダメになる」。
少年少女に夢を持たせることも必要だ。ただし「泥棒になる」「大泥棒になる」ような夢ではダメ。「人々のために、社会のために、世界平和のために何かを求めて、目指して志を持つ。それが少年少女にとって最大に必要だ」。
師がなぜ宗教の道に入ったのか。中学3年生のとき、山から落ちて一度死に、生き返った経験が原点だった。それから熱が出やすくなり、農村部の力仕事ができない体になった。「炭運び、石運び、木材を担いで力をつけようとしたが、そのたびに熱が出た」。
生きる道に迷った中学3年から、師は宗教書を読み始める。「死が目前に迫ってこないと、生きて助かる道を見つけようと必死にならない。例えば癌を宣告されたら、もう金持ちだとか金がとかは、どうでもよくなる。死を恐れる心をどう抑えるか、心が安定して死に望めるかどうか。破産しても、お金なんか考えなくなる」。
「自分のことを考えて人のために、というのは失敗の元だ」と師は言う。「自分を考えないで、人々のために尽くそうというのが本当になっていく」。
そして最も重要な教えとして、師はこう繰り返した。「考える、自分を見つめる。これが一番大事なことなんだ」。今の若い人は、自分が分からない、自分を見つめることができない、どうすればいいんだろうと迷う人が多すぎる、と。
龍子氏が偉かったのは、お金そのものについて、また外力というものが彼の根源になっていることに自分で気づいた点だという。「彼のためにはいけないと、自分で気づいたところが偉い」。
佐々井師は過去2回ほど、命を狙われたことがある。インド仏教徒が増え、有名になるにつれ、ヒンドゥー教側からの敵意も強まったためだ。
あるとき、150km離れた町で説法をすることになり、現地に高いステージが組まれた。何度も「グラグラしている、危ない」と感じていたが、説法を終えた直後、ステージは崩落。師は木材の下敷きになり、腰を強く打った。動けず、立てない。日本人記者がたまたまその場におり、新聞記事になったという。
衝撃的なのはその後だ。事故から3か月も経たないうち、5万人が集まる「改宗式(ヒンドゥー教から仏教への改宗式)」がアパの方で開催されることが決まっていた。
「立てないでしょう?」と問う福田に、師は当然のように答えた。「ホテルについても担架だ。担架で、上に座らされて、5万人の前でやった」。寝たきりのまま、改宗式を主催したのである。「これは前から予約しておった。普通の人は行けないでしょう」。
90歳の師は、目も耳も悪く、硬いものも辛いものも食べられない。腰も痛い。モバイルも使わない。「商店に行ったことがない」と笑う。50年以上、必要なものは弟子や信者が持ってくる。
「早く死んでしまえばいいと思っている」と師は言う。「やり残したこともほとんどない。100歳まで生きるなんて言うが、何を言っているんだ。私はもう90歳まで来た。仏教と思って(覚悟して)、もう100歳までは生きないつもりだ」。
それでも毎日、師は飛び回るように働く。「1日に1つ、世のため人のためになるようなことをする」。それが今の自分のルールだという。
後継者については「いらない」と即答した。「本に書いてある」。暗殺されることへの恐れも「ないでしょ」と即答。「90歳になれば、体を持って生きるだけでも苦しい」。
呼吸の重要性についても、師は触れた。「呼吸が乱れたら心も乱れる。怒らないように、頭に血が上ると呼吸が乱れる。呼吸を整えると頭もすっきりする」。これは訓練でできるようになる、と。
師の弟子で日本人の亀井さんにも話を聞いた。元は広島の山の上でおにぎり屋を営み、芸大卒で絵を描いていた人物だ。2016年、第5番目の派遣員として佐々井師を支えるためインドに来て、1か月で得度した。
「過酷な環境で50年以上過ごし、人の悩みを聞き、苦しみに寄り添う。そういう場面で大変な笑顔になり、心を解きほぐす。私もその前に行くと、40何年間の苦しみを全部吐き出すように研ぎほぐされた。こういう人になりたいと思った」。
仏教の基本を知って何が変わったかを問うと、亀井さんはこう答えた。「執着とか、何が自分に苦しみを生み出すのか。そういうのを今まで知らなかった。それを知ったことで、生き方全体、考え方自体も変わった」。
2日間の同行を終え、福田は3つの学びを持ち帰った。
第一に、世のため人のために何かを行うことの尊さ。ビジネスは奪い合いの側面もあるが、資本主義と「世の中のためになる」を両立させたい、と強く思ったという。
第二に、好きで生きることの大切さ。暗殺されかけた翌日に寝たきりで改宗式に出席した師が、「宗教が好きであり、人の心を動かすことが好きであり、そのためなら死ねる」と目を輝かせて語った姿に、本当の意味での「好き」を見た。
第三に、ハングリー精神の差。インドで関わった人々の生きる力は桁違いで、自分はぬるま湯につかっていたと反省。グローバルで戦うには、「好きで誰よりも熱狂できている」状態を作るしかない、と感じたという。
この旅は、福田自身の事業判断にも影響を与えた。当初、M&A CAMPの動画コンテンツは限定公開にし、サービス会員のみが視聴できるモデルを想定していた。しかし帰国後、方針を全面的に転換した。
「自分たちの利益だけを考えれば限定公開のほうが合理的。でも元々やりたかったのは、M&Aにおける売り手と買い手の情報格差・機会格差をなくすこと。そのビジョンにピュアにやるべきだと思った」。
その結果、動画はYouTubeで全公開を続け、M&A CAMP事業は当面赤字を掘り続けることになる。代わりに、ビジョンに共感する個人・法人を対象とした「M&A CAMPサポーター制度」を始める方針だ。「正直、メリットはありません。気が向いた方が、無理のない範囲で応援していただけたら」。
佐々井師との対話は、若き経営者の人生観だけでなく、事業のかたちまで変えた。次に師に会うときは、もう少し器を大きくして向き合いたい──そう福田は語った。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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