1999年にアットコスメを立ち上げたアイスタイル創業者・吉松徹郎氏が、26歳での起業、上場審査の取り下げ、コロナ禍でのAmazonとの資本業務提携、そして「未来を想像する経営」の哲学までを語る。M&A CAMPによるロングインタビュー。
アットコスメを運営する株式会社アイスタイル。1999年の創業から25年、売上700億円規模にまで成長したベンチャーの裏側には、26歳での起業、赤字続きの黎明期、上場審査の取り下げ、そしてコロナ禍を乗り越えるためのAmazonとの資本業務提携といった、ドラマのような出来事が積み重なっていた。
本記事では、創業者・吉松徹郎氏に「逆境の乗り越え方」「組織の作り方」「未来を想像する経営」について話を聞いた。
吉松氏は、千葉の市川学園で中高男子校を過ごし、1995年に就職活動を経験した「失われた30年・就職氷河期第一期生」だ。一度は内定をすべて断り、当時マイナーだったアクセンチュア(現アクセンチュア)に入社した。
コンサルティングの現場でクライアントから繰り返し聞かれたのは「インターネットって何?」「社会はどうなる?」「自分の会社はどうしたらいい?」という3つの質問だった。「インターネットを分からない人に説明していてもなかなか進まない。自分でアイデアを実行した方が早い」と感じた吉松氏は、当時付き合っていた化粧品会社勤務の女性(後の共同創業者)とともに、化粧品の口コミサイトという構想にたどり着く。
社内の先輩に相談したところ、「面白いビジネスモデルだが、コンサルティング会社ではできない。コンサルはA社がB社に勝つために時間と経験を売る。化粧品業界全体を相手にする@cosmeのモデルとは構造が違う」と背中を押された。
ちょうど結婚式を控えており、親から借りていた結婚資金400万円が手元にあった。「神様が会社を作れと言っているのかもしれない」――そう感じた吉松氏は、新婚旅行をキャンセルし、26歳でアイスタイルを立ち上げた。同期40数名のうち、独立は2人目だった。
当時の有限会社設立には300万円、株式会社には1000万円が必要だった時代。手元の資本金は実質190万円ほど。それでも「会社にずっといて仕事をしているからお金は使わない」と振り返る。アクセンチュア時代の同僚や知人にほぼ手弁当で手伝ってもらいながらサービスを構築していった。
プログラミングはアクセンチュアでの最初の半年間に叩き込まれていた。「3ヶ月でできるやつは弁当持参で、1ヶ月で覚えるからお前ここにいるんだろう」と言われ、ネットワーク敷設からサーバー組み立て、コーディングまでこなしていた経験が、ここで生きた。秋葉原で2トップ製のサーバーを購入し、Windows NT 4.0で@cosmeを立ち上げた。
2000年1月、当時の日本の代表的なネットイヤーであるベンチャーキャピタル(ネットイヤー)から、バリュエーション6000万円・調達額3000万円の出資を受ける。当時のスタートアップは「上場時にオーナーシップが10%程度」が標準で、創業時から50%以上をVCが持つことも珍しくなかったという。
1年目の売上は90万円、赤字4000万円。2年目は売上1.1億円、赤字8000万円。普通なら不安に押しつぶされそうな数字だが、吉松氏は「自分のお金ではなくリスクマネー。最初に約束したのは絶対に借金をしないこと」と語る。借金からスタートするとマイナスからのスタートになるが、リスクマネーなら失敗してもいい――その割り切りがあった。
初期メンバーには、目先のお金を稼ごうとする者も多かった。だが吉松氏が貫いたメッセージはひとつ、「飽きないをするな。ビジネスを作るんだ」。
頭の中にあったのは、プラモデルのジオラマのように完成された未来像をいかに早く実現するかという感覚だった。「飽きないをする時間がもったいない。ご飯を食べる時間も、寝る時間も惜しい」――目の前の小さな売上を全部断ってでも、構想する世界に最短距離で近づくことに集中した。
@cosmeの成長を支えた本質は何か――吉松氏は迷わず「いかに正しいデータを作るか」と答える。
口コミランキングをハックしようと試みる企業は当時から後を絶たなかった。「お金を払えばランキングを上げられるか」と問われても、答えは常に「できません」。社員にも「ランキングはいじらない」と徹底し、転職して他社に移った元社員までもが「アイスタイルは本当にガチでやっている」と証言してくれることで、信用が積み上がっていった。
そしてもうひとつ重要だったのが、「書く場所」と「見る場所」を分けて考える発想だ。SNSやブログなど書く場所はインターネット上で分散していくが、見に行く場所は集中する。「90点のサイトと100点のサイトがあれば、みんな100点のサイトを見に行く。だから見に行きたい場所のNo.1をどう作るかだけを考えた」。これは創業時から描いていた構想だったという。
社員が30人、40人、80人と増えるフェーズは比較的スムーズに進んだ。だが100人を超えた頃、急激にコミュニケーションの難易度が上がる。徹夜で会社に泊まり込んで頑張っていた創業メンバーと、大企業から転職してきた中途メンバーとの間にコミットメントの温度差が生まれ、温度は高い方から低い方にしか流れない。
吉松氏は途中でひとつの気づきに至る。「30人の延長で100人になってはいけない。300人になるための100人にしなきゃいけない」。事業計画と同じく、3年後・5年後の組織図を逆算して書く。「事業計画を実現するのは結局、組織でしかない」――この発想転換のもと、人事制度を作り直し、メンバーの6〜7割が入れ替わるなかで100人台での3年間を過ごし、140、180、200人へと再び成長軌道に乗せていった。
アイスタイルは創業8年目の売上180名規模で、当初ジャスダックのヘラクレス市場での上場審査に入る。だが審査が進むほど、社内には不協和音が広がっていった。
働き方やコンプライアンスの整備、予算管理の細分化――どれも上場企業として正しいプロセスだが、「仲間でやっていた頃の楽しさ」が管理体制の中に飲み込まれていく。やがて主要メンバーから「上場まで頑張るけど、1年したら辞めるかもしれない」という声が個別に届くようになる。
売上20億円、利益2億円。上場コストや細かい予算管理(クォーター利益5000万の10%=500万、つまり1人採用がずれただけで計画変更扱いになる)が見合わない――そう感じた吉松氏は、ご飯やランチに一人ずつ呼び出して本音を聞いて回った。「上場するから辞めるんだよね? しなかったら辞めないの?」
そして、証券会社の審査をクリアし書面が出た直後の社内決議。「これから上場します」と発表する場で、吉松氏はこう切り出した。「取り下げます。賛成の方は手を挙げてください」。全員の手が挙がった、まさにドラマのような一幕だった。
その後、改めて「最短で売上40億・利益4億にしてから上場しよう」と決め、別の証券会社で再申請。2012年に無事上場を果たした。
2020年1月、原宿駅前に20億円を投じて開業した「@cosme TOKYO」。だが翌3月、新型コロナウイルスの感染拡大で店舗はクローズに追い込まれる。海外売上は当時100億円弱あったがM&Aで取得した会社の「のれん」が残っており、「全部減損したら債務超過、潰れる」状況だった。
何を残し、何を切るのか。原点に立ち返ったとき、答えは「ネットとリアルの両方をやれている自分たち」だった。これを最も理解してくれる相手はどこか――候補に挙がったのがAmazonだった。
奇しくも1999年にアイスタイルを立ち上げた際、最初に出資を打診した相手もAmazonだった。当時、化粧品業界と書籍業界の構造的な類似性(値引きの少ない商材、コンテンツビジネス的な性格)に気づいていた吉松氏にとって、Amazonは創業時からのケーススタディだった。
相談を持ちかけると「一緒に考えましょう」という返答。2020年12月25日、クリスマスの日にAmazonと社長以下の経営陣が集まりキックオフ。資本業務提携が始まった。
コロナ禍の選択と集中は、海外事業のリストラを伴った。3年計画で立て直すはずだった事業を、現場の説明や約束を翻して切らざるを得ない。「やる側の役員や現場はもっと辛い。『お前は簡単に言うけど、人を切るのはそんなに簡単じゃない』と何度も言われた」と振り返る。
それでも吉松氏は「経営者がブレてはいけない」と腹を括った。「ブレたら間に入っている人がもっと辛くなる。嫌われる覚悟をつけることが、自分にとって鍛錬の機会になった」。
吉松氏は化粧品マーケットを「インフラ」と位置づける。酒類市場が5〜6兆円、化粧品市場は2.5〜3兆円。だがジェンダーレスの広がりを考えれば「男性も含めて、6兆円規模に広がる可能性がある」。メイクからスキンケア、セルフケア、エイジングケアへとレンジも広がっており、ヘルスケアより手前の「美しく楽しく」というレンジが、最も伸びるマーケットだと考えている。
生成AIの普及について、吉松氏は「インターネット出現と同じ、30年に一度の波」と本気で受け止めている。AIによるレコメンドで1000の選択肢が3〜4つに絞られる流れは止まらない。だが「最後の一押しを確かめたい」という消費者心理は残る。3〜4つに絞ったあとに見るサイト、アプリ、店として選ばれるためには何が必要か――社内では今、その議論が続いている。
中学生がAIネイティブとして社会人になる10年後を逆算しながら、サービスのあり方を作り直そうとしている。
初めて会社を立ち上げる経営者へのアドバイスを問うと、吉松氏はこう答えた。
「将来をちゃんと想像すること。解像度が高まれば高まるほど、やるべきことが具体化してくる。経験がないときに解像度を上げるには、人に質問するしかない。でも本当に大事なのは、人から質問されたときに全部答えられる自分になっていること。そこまで来ると、業界の未来が透けて見えてくる」
そして最後にこう付け加えた。「あとは運です。運が9割ぐらい。挨拶したり、会いに行ったり、打席に立ち続ける。サイコロをたくさん振ることが運を高める。努力するべきだけど、最後は運でしかない」。
M&Aについても「@cosmeの力を使えば自分たちの事業が5年10年かかるところを2年でできる、という人がドアを叩いてくれたら一番いい」と語り、ユーザーファーストとスピードを軸にしたパートナーシップに前向きな姿勢を示した。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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