プロダクトマーケットフィット(PMF)後に多くの起業家が直面する組織の壁。コインチェック共同創業者の大塚雄介氏が、起業と経営の違い、チーム作りの本質、M&Aで創業者がハッピーになる条件について語った。
プロダクトマーケットフィット(PMF)は、スタートアップにとって分かりやすいマイルストーンだ。ユーザーが集まり、お金を払ってくれる状態が作れた段階を指す。しかしコインチェック共同創業者で、現在もマネックスグループ傘下で同社を率いる大塚雄介氏は、「PMFはゴールではなく、新たな壁の入口」だと指摘する。
「PMFまで来られる起業家は、そういうことが得意だから来られる。スケールしないことをひたすら手を動かしてやる、というポール・グレアム的なやり方の延長です。ただ、その延長線上でずっとやっていくと、起業家のスキルセットだけでしか事業が伸びない状態になってしまう」
エクイティで資金調達をしていれば、SaaSであればダブル・ダブル・トリプルといった成長スピードが求められる。だが起業家1人の24時間という時間で頑張り続けるには限界がある。「チームを作らなきゃいけない、ビジョンを示せなきゃいけない。PMFするまでとは違う能力が求められる。それを意識しないと、自分に求められていることに気づかないまま、徐々に停滞してしまう」と大塚氏は語る。
ではPMF後、伸び悩む起業家はどう動くべきか。大塚氏は「自分自身を振り返ること」を勧める。
「起業家ってセールスもプロダクトもマーケティングも、基本全部やるじゃないですか。その中ですごい得意なところと、得意じゃないんだけど仕方なくやっているところがあるはずです。人は得意なところにほぼ時間を使った方がうまくいく。だから自分がうまくいっていないところを、うまくできるパートナーに任せていく」
ただし「丸投げ」は禁物だという。「得意じゃないんでお願い、と全部投げちゃうとコントロールが効かなくなる。自分自身が『こういうやり方をすればいいんだな』と分かるところまではやって、そこから得意な人に任せて、ワンオンワンをしながらスケールしてもらう。これが一番いい」。経営者は得意でなくとも、領域の全体像を把握しておく必要があるということだ。
大塚氏は「起業家の仕事の大枠の半分はチームを作れるかどうか」と断言する。
「チームさえうまくいって市場が良かったら、ほとんど失敗しない。ただ、このチーム作りがものすごく難しい。それでもやらないといけないのが起業家の仕事です」
PMF前の起業家はプロダクトに向き合ってきたため、チームに向き合った経験が少ない。だからこそPMFのタイミングで、自分の時間配分を意識的にシフトする必要がある。「今までプロダクトに8割使っていたなら、その時間をチームを作る方に振り分ける。チーム作りは優先度が低いと思われがちで後回しになるけれど、無理してでも優先度高くやっていくことが重要です」
コインチェックは大塚氏のほか、現在コーラル・キャピタル代表のジェームズ・ライニー氏、ゲーム『パルワールド』のポケットペアを率いる溝部拓郎氏、そして和田晃一良氏の4人で始まった。意外にも全員が元々の友人ではなかったという。
「友達は入れないですね。友達だと厳しく言えない自分がいるので。コインチェックの4人も元々誰も友達じゃない。ただ、人生の考え方が似ていた。価値観が非常に近くて、能力(ケイパビリティ)が違う人を仲間に入れるのがすごくいい」
人間的な繋がりが深すぎると、フェーズが変わって役割を変えてもらう必要が出たときに、経営者として言い切れず組織がうまくいかなくなる。「『それは分かるよね、お互い』と言えるくらいの仕事仲間を入れるのがいい」と語る。
暗号資産が「詐欺」と呼ばれていた時代に、コインチェックの可能性を信じきれた理由について、大塚氏は「タイムマシン経営」と「隠れた真実」の二つを挙げる。
「アメリカで来たことは大体3年5年遅れて日本に来る。当時すでにコインベースが調達して伸びていました。技術的にも、マウントゴックスが破綻して『ビットコインは詐欺だ』とメディアが連日報じていたけれど、技術的にはちゃんとできているもの。世の中の理解と僕らの理解に差分があるだけで、それは解決すると思った」
さらに過去に目を向けると、日本はFX(外国為替証拠金取引)で世界市場ナンバーワンの流動性を持っていた。「日本人は文化の特性上、お金の話を嫌がる。言わないけれどFXはすごくやっている。世の中は知らないけれど僕らだけが知っている真実、ピーター・ティールの言う『隠れた真実』があると思った」
2018年のNEM流出事件を受け、コインチェックはマネックスグループの傘下に入った。ロックアップ期間がとうに過ぎても大塚氏が同社に残り続ける理由は、「責任」だという。
「救出してくれたマネックスへの恩義、既存株主への恩義、ついてきてくれた従業員への恩義。流出によって暗号資産マーケット全体も暴落した。色々な人への責任を返しきらないとなと思ってずっとやっています。マネックスに対しては200億円ぐらいの売上と100億円ぐらいのリターンは作れている。既存株主にもアーンアウトで売却額の倍ぐらいを返している」
大塚氏は、M&A後に創業者が残るかどうかは「契約では縛れない」と強調する。「やる気がなくなった瞬間に終わり。重要なのは、その起業家が自分でやるよりも高みに行けるビジョン・目標があるか、そこに行くための推進力があるか。それがないと続かないんです」
大塚氏はこれまで多くのM&A経験者から話を聞いてきた。その経験から、ハッピーなM&Aの条件をこう語る。
「買い手側の創業者がちゃんと売り手側の創業者の気持ちを分かってあげて、リスペクトを持ってやっている会社は非常にうまくいく。一方、買い手側で創業者でない方が社長で、担当者がついて取引すると、嫉妬心が生まれたり、『うちの会社の方針なんだから言うこと聞けよ、お前変われたじゃないか』みたいなコミュニケーションになって、両方アンハッピーになることがある」
売り手目線では、「自分が今回のM&Aで何を得たいのか」を整理することが重要だという。「お金なのか、その会社でキャリアを積みたいのか。優先順位をつけて交渉すれば、どこと組むのが良いか分かる。お金だけならバリュエーションが高ければいい。でも会社の存続や従業員の処遇を大事にするなら、それを事前に確認しておくこと。期待だけで進めて後から破談になるパターンは結構多い」
コインチェック時代、大塚氏は5人ほどの規模から全社員と毎月ワンオンワンを続けた。
「最初の頃にいた数人は本当に優秀だった。改めて『なんでうちに来てもらったんだっけ』と聞いて、彼らの目指す方向と会社の方向を重ねていく。それを数ヶ月、ずっとやり続けた」
また、毎朝10時に全員で集まって前日の売上を共有し、「今日も1日頑張るぞ、おー!」と声を上げる朝会も徹底した。「令和の時代だと引かれるかもしれないけど」と笑いながらも、社員が持ち回りで前日の売上要因を分析して話す仕組みにすることで、市場の動きや自分たちの施策の効果に全員が頭を使うようになったという。
企業文化を浸透させるために、採用プロセスでも工夫した。「内定を出す前に、僕らが大切にしている考え方をワードに書いて送り、感想を書いてもらった。良い悪いの話ではなく、ここにギャップがあると入社後にコンフリクトが起きる。最後はお互い腹を割って話して、それでも良かったら来てもらう」
最後に大塚氏は、「起業と経営は別もの」という持論を語った。
「PMF前は外部の人があれこれ言ってもしょうがない。顧客にひたすら向き合って市場を当てにいくしかない。でもPMF後、組織を作りPLやBSを見ていく段階は、世の中に方法論として確立されたものがあるから、それを学んだ方が早い。再現性のあるところは、先輩経営者がサポートできる部分が大きい」
そしてチーム作りの重要性をこう強調する。「ソニーも盛田昭夫と井深大、ホンダも本田宗一郎と藤沢武夫、Facebookもザッカーバーグとシェリル・サンドバーグ、Googleもエリック・シュミットがいた。ペアでやっている方がうまくいく。1人のチャレンジャーを支える1人目のフォロワーがすごく重要。チャレンジしている人だけでなく、その横で支える人にも光が当たった方がいい」
大塚氏は、若手経営者に向けてこう締めくくった。
「令和の今は、平成の最初の頃にとりあえずリスクを取ればうまくいった時代と違って、参入する市場も小さくなって難易度も上がっている。最初から経営も求められる。でも、僕の持論ですけど、やり続けて気合いでやっていればなんとかなる。1年で横を見て同期がうまくいっているからって焦ることもない。自分がやりたいことをやり続ければいいんじゃないかな」
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
