日本興業銀行、ゴールドマン・サックス、森ビルCFOを歴任した堀内勉氏。金融危機やリーマンショックを最前線で経験した同氏が、ファイナンスの本質、資本主義というメカニズムの正体、そして質的成長へのシフトについて語る。
1960年生まれ、今年65歳の堀内勉氏。進学校から東大法学部を経て日本興業銀行に入行するという、当時としては「ザ・エリートコース」を歩んできた。
「当時新学校から東大に進んで、就職するのは普通で、今みたいに起業するというのは全くありえない。起業する人は何か別の世界の人で、あっち側に行っちゃったみたいな感じだった」
銀行に入れば人生安泰と言われた時代。海外志向から留学制度を使い、ハーバード・ロースクールへ。ミシェル・オバマ氏と同じタイミング・同じ寮で過ごした同級生だったというエピソードもある。
帰国して銀行員生活に戻った矢先、1997年の金融危機が直撃する。世界最高格付け「トリプルA」を誇った日本興業銀行が、一挙に世界中で相手にされなくなる過程を、経営企画の財務担当として目の当たりにした。
「90年から97年にかけて、7年間でつるべ落としだった。みんな疑心暗鬼で、誰が信用できるのか、どこが潰れるのか分からない世界だった」
この時期、大蔵省接待汚職事件にも巻き込まれ、東京地検特捜部に28回呼び出された。3カ月ほど家にこもるほど精神的に追い詰められた時期もあったという。
金融危機を経て銀行を辞めた堀内氏は、念願だったウォール街のインベストメントバンク、ゴールドマン・サックスへ転じる。しかし2年弱で「金融はもういいかな」と感じ、かねてから関心のあった建築・不動産分野へキャリアを移すことを決意する。
転職先は森ビル。1999年末、ちょうど不動産証券化が日本に入り始めた時期だった。森ビルでは、六本木ヒルズの2,700億円の資金調達という巨大プロジェクトに財務担当として関わる。
スキームはこうだ。SPC(特別目的会社)を組成し、約2,000億円を六本木ヒルズプロジェクトを担保とするノンリコースローンで調達。残り約800億円のエクイティ部分は、森ビルが既存ビルを森ビル系の不動産ファンドに売却することで捻出した。
「表のプロジェクトと裏のプロジェクトがあって、表は六本木ヒルズの開発、裏は不動産ファンドの組成。この絵を自分で書いて副社長と森社長に説明し、実行に移した」
この実績が認められ、堀内氏はファンド運用会社の社長を経て、森ビル本体の専務CFOに就任する。
しかし2008年、リーマンショックが直撃する。森ビルは麻布台ヒルズや虎ノ門エリアの土地仕入れのため、巨額の借入を抱えていた。
「不動産は土地買って上物を建てなきゃいけないから、銀行借入が多い。ちょっと危ない兆候があると銀行は引いちゃう。中堅・中小の不動産会社がバタバタ倒れた。森ビルも、銀行と交渉してつなぎ資金を出してもらうことで耐え抜いた」
この2度の金融危機を最前線で経験した堀内氏が、コーポレートファイナンスの真理として強調するのは「キャッシュ・イズ・キング」だ。
「利益は意見、キャッシュは現実。内部留保と現金を勘違いしている人がいるが全く違う。会社は手元にキャッシュがある限り潰れない。バランスシートがいくら債務超過になろうが、手元にキャッシュがあって取引先との支払いが循環し、銀行取引が続けば潰れない」
M&Aや企業価値評価も、最終的にはキャッシュベースで計算される。最低でも5年分のキャッシュを現在価値に割り戻した総和が企業価値になる、というのが堀内氏のシンプルかつ揺るぎない原則だ。
ただし、キャッシュさえあればよいわけではない。「企業経営は新しい価値を創設していかなければならない。手元にキャッシュがあるだけでは事業をしていることにならず、成長はしない」とも釘を刺す。
資本主義のど真ん中で生きてきた堀内氏は、徐々に根本的な疑問を抱くようになる。
「金の儲け方は分かった。金に真摯に向き合うのもいい。でもそれは方法論。何のために金を儲けるのか、なぜ企業は成長しなきゃいけないのか。冷静に考えると分からなくなってくる」
決算発表で「来年度は利益を5%伸ばします」というのは当たり前のように行われるが、「現状の利益で十分なので横ばいでいきます」と言う経営者はいない。なぜか。
堀内氏が辿り着いた仮説はこうだ。
「資本主義は『主義』ではなく『メカニズム』。共産主義や自由主義のような意思の表明ではなく、資本が自己増殖していく単なるメカニズム。パソコンのキーボード配列のように、もはやデファクトスタンダードになっていて、変えるのが難しい」
「資本主義はブレーキがない高級スポーツカーみたいなもの。いつか必ず事故る」
ではどうすればいいのか。堀内氏が示す処方箋は「人間の成長意欲を量的なものから質的なものへ転換する」ことだ。
「給料が毎年上がる量的成長も喜びだけれど、スポーツでも音楽でも読書でも、自分が深まっていく質的成長がある。意識的にそちらに振らないと、資本主義に巻き込まれて『もっといい家、もっと美味しいもの』と量的成長に引きずられてしまう」
この考えは、堀内氏が現在大学で教えている「ソーシャルファイナンス」や「インパクト投資」とも通底する。インパクト投資は、リスクとリターンの2軸に「社会的価値」という3軸目を加えた投資の考え方だ。
「金を儲けるためにファイナンスをするのか、社会的価値を実現するためにファイナンスをするのか。手法は同じ。資本主義のメカニズムを社会的価値の実現に向けて使う発想が広がっている」
年間約400冊を読むという堀内氏は、著書『世界のビジネスリーダーが読んでいる読書大全』で200冊を紹介している。
「アリストテレスは『人間は生まれながらに知ることを欲する』と言った。何でもいい、漫画でもいい、自分の素直な知りたい気持ちに逆らわず手を広げていけば、知識は広がる。知れば知るほど、もっと知りたくなる」
そしてインプットだけでは思考は深まらない、とも強調する。
「人前で話す、講演する、原稿を書く。アウトプットすると、自分の考えがいかにまとまっていないか愕然とするほど気づく。インプットとアウトプットをぐるぐる繰り返すことで思考は深まる」
最後に堀内氏は、マッキンゼーの大前研一氏の言葉を引いた。
「人間が変わるには3つしかない。時間帯を変える、付き合う相手を変える、住む場所を変える。一番無意味なのは、決意を新たにすること」
現在、東京と軽井沢の二拠点生活を送る堀内氏自身、場所を変えることで思考が変わる実感を持っているという。次なる執筆テーマは「教養」。資本主義というメカニズムと共に生きる現代人にとって、量的指標だけでない「もう一つの物差し」を持つことこそが、最も切実な経営課題なのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
