ビッグモーターで9年半、最年少本部長まで上り詰めた中野優作氏。2017年に香川県でバディカを創業し、2024年にはオンライン中古車販売「バディカダイレクト」をローンチ。資金調達に頼らず実業で天下を取るという信念のもと、地方・実業・SNSを掛け合わせた独自の経営スタイルを語った。
香川県の中でも最も小さな津田町。スーツを着た人を1日に1人見かけるかどうかという港町で、中野優作氏は育った。主な産業は農業・漁業・工場勤務。普通の家庭に育ちながらも、テレビで見る世界との落差に「貧しさ」を感じていたという。
そんな地元で目立っていたのは、家に池を持ち、ベンツやセルシオに乗る土建屋の社長たちだった。「じゃあこっちがいいじゃん」と感じた中野氏は、堀江貴文氏が東大を中退したのと同じ理由――「視野が狭くて、早く仕事をした方がいい」――で15歳のときに高校を中退する。
26歳まで土木の現場作業員・現場監督を務めた後、営業職へ転身。1社を経てビッグモーターに入社し、9年半在籍する。営業でトップを獲り、店長として最年少で就任、本部にも最年少で上がるという成績を残した。
世間に広く報じられたビッグモーターの不正について、中野氏はパブリックイメージとは異なる見方を示す。
「いわゆる世代交代によって会社が壊れた、と語られていますが、創業者が45年かけて作って、その後の5年ぐらいで一気に壊れた印象です。45年かけて取った会社が、不正をやりまくって伸びるわけがない」
中野氏自身が在籍していた時代について、「不正は本当になかった」と振り返る。当時はオイル交換のサービスなど、業界の他社が真似をするほど先進的な運営をしていたという。「冷めたら、当時を一緒に作った人たちもちゃんと紹介していきたい」と語った。
意外なことに、中野氏は元々起業志向だったわけではない。会社を設立した2017年5月の3〜4ヶ月前まで、起業は具体的な選択肢に入っていなかった。
きっかけは、退職直前にビッグモーター内で子会社の再建を任されたこと。実質的に「破壊者」として去る役回りとなった中で、別の会社へ移って同じことを繰り返すよりも、自ら起業して、会社を辞めた仲間たちの受け皿になる方が業界課題の解決に近いと考えた。
「業界には課題があった。市場競争で変えていくには、起業家を生み出すしかない」――課題ドリブンで始まった創業だった。
バディカは香川県発のスタートアップとしてスタートした。地方を選んだ理由は、戦略と心情の両方にある。
戦略面では、車という物理的に大きい商材を扱うため、駐車場代・土地代・出荷時の物流コストの面で地方が有利になる。SNSを使うビジネスであれば、本社の場所は大きな問題にならない。
心情面では「東京から、特に六本木から離れたかった」と率直に語る。大組織の幹部として5,000人規模の会社で働いてきた疲弊感もあった。
2017年当時はスタートアップの大型調達が話題を集めていた時期。中野氏も調達するか自己資本で行くか、本気で迷ったという。
結論として選んだのは、15万円のプレハブから始める、自己資本での堅実成長の道だった。
「当時のプラットフォーマーへの本音は、『人の金で商売しやがって』でした。今ならその凄さもわかりますが、当時は『商売って何だと思ってるんだ』と。実業で天下を取って、自分たちが使いたいプラットフォームを自分たちで作る、という方向に賭けた」
お金がない2年間、中野氏はインプットに徹した。ニューズピックス、グロービス、ビジネス系YouTubeを「ジムのように」1日15時間視聴。堀江貴文氏が出演する番組は3周し、本も1日1冊近く読んだ。「孫正義さんも最初の2年は苦労したというエピソードだけが心の支えでした」。
この2年間に蓄積した知識・思考が、現在の経営の「筋肉」になっているという。給料として30万・50万を取れるようになるまでに数年を要したが、家族に支えられながら信念を貫いた。
大型調達によって赤字を掘る一般的なスタートアップと異なり、バディカは「利益の分だけ採用し、利益の分だけ拡大する」という堅実な成長モデルを採る。
結果として、地方発・実業・自己資本という3点セットで成長を続け、現在では70億円規模の企業へと育っている。
中野氏は40歳までSNSを一切やっていなかった。きっかけは、宋世羅氏に「現代でSNSやってないってヤバくね」と言われたこと。「馬鹿にされたのでSNS始めます」を初投稿に、Twitter運用を開始する。
さらにYouTube展開のタイミングは、ビッグモーター問題が報道される直前だった。「業界では誰もが知っていた事実が、いよいよ世間に出る」と察知した中野氏は、当初予定していた立ち上げを3ヶ月前倒し。「問題が噴出する前から発信していたという足跡を残しておかないとやばい」という危機感だった。
結果、本来3ヶ月後に始める予定だった発信を前倒しできたことで、ビッグモーター問題が炎上した時期に「この人は前からやっていた」と業界関係者が擁護してくれる流れが生まれた。
発信を始める際にも戦略があった。最初から「決まり手」のあるコラボ相手――宋世羅氏、トモロゲートの西崎氏、ゴルビーの明夫氏など、視聴者層が近いインフルエンサーにオファーし、ブーストをかけた。
バディカダイレクト立ち上げのスピード感は象徴的だ。ビッグモーター炎上後、中野氏は社員をZoomに集めて「自分も干される覚悟だ」と泣きながら別れを告げた。ところが、想定に反して「中野さんで車を買いたい」というコメントが大量に寄せられた。
その瞬間に、LINEで車が売れる確信を得て、翌日にはLINEでの販売をスタート。さらに整備会社とのジョイントベンチャー方式で、わずか3ヶ月でオンライン中古車販売「バディカダイレクト」をローンチした。クレームゼロ、株比率を決め切る前から開発が動き出すスピード感だったという。
「やると決めてからの開始までが、多分日本一早い」と中野氏は語る。
直近の事例も同様だ。車内フレグランス事業はある有名人との対談中に思いつき、その日のうちに信頼できる起業家から専門家を紹介してもらい、翌週には事業が動き出した。バー事業「天木」は、ふぉーちゅんの石川氏とのYouTubeコラボ収録中に話が出て、その場で不動産業者に物件を10件依頼、翌日に香川へ戻り、昼には契約を結んでいた。
手数の多さの裏には、撤退も多くある。キャンピングカー事業は「腰が痛いから」とやめた、と笑い話のように語る。
「ビジョナリー・カンパニー的に、いろいろやって残ったものだけが残る、という感覚に近い。手数を打てば打つほど発見が増え、人も成長する機会が増え、関係資産も増える」
株式の持分比率にもこだわらず、ジョイントベンチャーや共同事業に積極的に踏み出す。「お金にそこまで興味があるわけじゃない。上がりたい(IPO)とも全く思わない」と語る姿勢は、自己資本経営の哲学と一貫している。
ニューズピックス的な世界と、地方の実業の世界――中野氏自身、両者の間に分断を感じている。
「都会の人たちは地方を下に見ているし、地方の人たちも都会の起業家を妬んでいる。乗ったこともないフェラーリにチラチラする、と僕も昔は言っていた。でも買えるようになったらそんなことは思わない」
だからこそ、自分の役割は「地方と実業と、ビジネスメディア的な世界の架け橋になることだ」と語る。再現性は高くないかもしれないが、その立ち位置こそが希少価値であり、これからの中野氏の挑戦の核になっていく。
ビッグモーターで磨いた現場感覚、香川という地方戦略、自己資本での堅実成長、そして40歳から始めたSNSと圧倒的な意思決定スピード。中野優作氏の経営は、調達ありきのスタートアップ的成長とは対極にある「実業の積み上げ」と「手数の多さ」で成り立っている。
地方発・実業・SNSを掛け合わせた独自モデルは、これから起業を考える経営者にとって、大型調達一辺倒ではないもう一つの解を示している。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです。


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