日本M&Aセンターの瀧場氏に、2023年のM&A業界動向と2024年の展望を聞いた。経営権移転を伴うM&Aは過去最高を記録。事業承継型M&Aや税制優遇、ITスタートアップ業界の動向、PMIの重要性まで業界のキーマンが語る。
M&Aは「乗っ取り」というネガティブな印象から、企業の成長と持続可能性を高めるためのポジティブな経営オプションへと変化している。日本M&Aセンターで2016年からITスタートアップ業界のM&Aを専門に手がける瀧場氏に、2023年の業界動向と2024年の予測を聞いた。
2023年は、経営権の移転を伴う50%以上の株式取得型M&Aの件数が、全業種を含めて先見長(過去最高)となった。2008年のリーマンショック以降のデータでは過去最高であり、4桁という大台に乗ったのが大きな特徴だ。前年の2022年は約900件だったため、件数の伸びが顕著に表れている。
背景にあるのは、いわゆる「事業承継型M&A」だ。2025年までに、日本国内の非上場企業のうち黒字でありながら廃業する可能性のある会社が60万社にのぼると言われている。この後継者不在問題を解決する手段として、M&Aの活用が一般化してきた。
かつては大企業のみが使う限定的な経営オプションだったM&Aが、中小企業の経営者にとっても身近な選択肢になりつつある。「後継者不在問題は日本にかかる社会課題。その解決の手法としてM&Aが活用されている」と瀧場氏は語る。
2023年はスタジオジブリやウーマンエキサイトといった大型案件も注目を集めた。スタジオジブリは売上約30億円、株式評価額約150億円で日本テレビへ譲渡された。約38年経営してきた会社で、純資産も積み上がっており、非上場としては大型のM&Aだったという。
「150億円は安いのでは」という声もあったが、上場会社のように入札形式で「最も高い相手に売る」というロジックが働かず、相対で決まる話だ。スタジオジブリ側からのオファーで日本テレビに決まった経緯もあり、お互いが合意すればその金額で成立する。M&Aの価格決定の本質を象徴する事例と言える。
2023年はM&Aを後押しする税制優遇が複数整備された。スタートアップ支援と中小企業同士の集約化、2つの面で経営資源の効率化を後押しする制度だ。
事業会社が、設立10年未満の国内非上場スタートアップを買収した場合、取得金額の25%を所得から控除できる。たとえば10億円で買収した場合、2.5億円が控除対象となり、法人税の実効税率34%を掛けると約8500万円の節税効果が見込まれる。2023年4月以降にリリースされたが、まだ浸透しておらず「知らなかった」という会社も少なくないという。
従業員数1000名以下の中堅・中小企業がM&Aで株式を取得した場合、取得金額の70%を準備金として積み立て、損金算入できる制度だ。たとえば10億円で株式取得すれば、7億円を損金算入できる。
5年間損金算入した後は益金算入する必要があるため、いわば税金の繰り延べだ。M&Aから1〜2年は何が起こるか分からないため、直後のキャッシュアウトを抑えられる点で大きなメリットとなる。
業界別に見ると、ITスタートアップ領域、特にSIer(システムインテグレーター)のM&A件数が多い。市場規模は国内で約16兆円、企業数は約1万5000社、IT人材は約100万人。M&A件数は年間約300件で、2023年もほぼ同水準だった。
背景にあるのは、ここでも事業承継型のM&Aだ。日本にIT産業が入ってきたのは1960年代だが、爆発的に企業が増えたのは1980年代後半から1990年代。「パソコンとデスクだけあれば起業できる」という参入のしやすさから、事業会社から独立したエンジニアが一人親方的に起業し、気づけば100〜200人規模になっていたケースが多い。
当時30〜40代だった創業者が、今ちょうど60〜70代を迎えている。非上場企業では社員に株を渡すのが難しく、第三者である法人へM&Aで承継するパターンが増加。「他の業種と比べて業界自体が若く、初めての高齢化を迎えている」のがITスタートアップ業界の現状だ。
なお、ここでいう「IT」はワンプロダクト型のスタートアップというよりも、企業のシステムを請負開発する受託モデルの会社が中心だという。
日本M&Aセンターが設立された1991年の前後、三菱地所がロックフェラーセンターを買収したり、ライブドアによるニッポン放送買収などが世間を騒がせ、M&A=「乗っ取り」「ハゲタカ」というネガティブな印象が先行していた。
しかし2023年に瀧場氏が感じたのは、M&Aがネガティブなものではなく「企業を成長させ、持続可能性を高めるための有効な経営オプション」としてポジティブに認知されてきたことだ。
「終身雇用が前提だったキャリア観が、転職を当たり前のものに変えていったのと同じ。企業の株式も、その企業のステージごとにベストなオーナーへバトンタッチしていく手法として一般化してきている」
売り手・買い手ともに件数が増えれば、ラーニング効果によりリスクは低減していく。1企業から見ても、買い手としても売り手としてもM&Aを繰り返している企業の方が、シナジー創出や相互強化を実現しやすい傾向がある。
2024年に向けて瀧場氏が特に重要性を強調するのが、PMI(Post Merger Integration=経営統合プロセス)の領域だ。
日本M&Aセンターの長森氏も「M&Aは2割が成立するまで、8割は成立後の経営統合のノウハウ」と語っているという。M&A後にどれだけ上手く経営統合できるかが、成否を分ける。
通常のM&Aアドバイザリーでも契約後2〜3カ月から半年程度の伴走は行われるが、PMI専門のチームも整備されつつある。今後はPMIを担う人材の不足が顕在化する可能性が高い。
「採用後のオンボーディングサービスが増えているのと同じように、M&A後にシナジーを出していくサービスや人材は、今後めちゃくちゃ重宝されるはず」と瀧場氏は予測する。件数が増えれば増えるほど、統合段階でのトラブルも増える。PMI領域こそが2024年以降のM&A業界のホットスポットになりそうだ。
2023年のM&A件数は過去最高となり、税制優遇制度の整備、ITスタートアップ業界の事業承継ニーズ、M&Aに対する社会的認知の変化と、複数の要因が重なって市場は活況を呈した。2024年以降は件数のさらなる増加に加え、M&A後のPMIをいかにうまく進めるかが業界の主戦場となる。これから会社を立ち上げる起業家にとっても、すでに会社を経営している経営者にとっても、M&Aは現実的かつポジティブな選択肢となりつつある。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
