一橋ビジネススクール特任教授・楠木建氏が語る、仕事と人生の本質論。「微分より積分」「人気より信用」という独自のフレームワークから、ピボット論、M&Aという選択、そして長期で価値を積み上げる働き方までを徹底的に語り尽くす。
経営戦略論の第一人者として知られる楠木建氏。今回のテーマは「人生という単位での経営戦略」だ。冒頭から楠木氏は、近年もてはやされる「ピボット」という言葉に鋭く切り込む。
「ピボットとは、本来の定義からすれば、軸足を動かさずにもう片方の足を別の場所に置く行動のこと。ところが、軸足ができていないのに『とりあえず新しいことをやってみよう』という意味で使っている人が多い。それは一生やっていても何にもならない」
仕事は競争のなかで行われている以上、お客様に選ばれなければ意味がない。選ばれるためには「その人にしか提供できない価値」が必要であり、そのための軸足が不可欠だ。軸足ができていない段階で「自己変革」と称して動き回るのは、単に「うまくいっていない」だけだと楠木氏は指摘する。
楠木氏自身は、研究者として「自分で考えたことを言語化し、商品として提供する」という仕事を早くから定めていた。とはいえ、最初から器用に何でもできたわけではないという。
「僕みたいな根性なしには、頑張ってこい、と言われても無理。だから最初は『これは自分には無理だな』ということをやらないようにする、それくらいの話でした。5年、10年やっているうちに、ここかな、ちょっと違うかな、という思考錯誤があって、だんだん価値を提供できているのかなと気づいていく」
重要なのは、価値の判定は自己評価ではなく「価値の受け手」が決めるということ。世の中という尺度で測られるものでしかない。
楠木氏は経営スタイルを大きく二つに分ける。一つは外的機会に貼っていく「オポチュニティ主義」、もう一つは自分たちのクオリティを長く投資して積み上げていくスタイルだ。
例として挙がったのが、かつてのDeNAとサイバーエージェントの対比である。携帯ゲームからスマホへの転換期、軸足が定まらないなかで様々な機会に貼っていったDeNAに対し、サイバーエージェントは長期的にクオリティへ投資し続けた。インターネット領域でオポチュニティ主義ではない代表格として、楠木氏はAmazonやMicrosoftの名を挙げる。
どちらが正解ということではなく、「中味が違う」だけ。ただし楠木氏自身は競争戦略の研究者として、一貫性のあるクオリティ重視のスタイルに関心がある、と率直に語る。
IPOよりもM&Aによる売却を志向する若手起業家が増えている現状について、楠木氏は次のように語る。
「合理的な局面はもちろんあります。次にやりたいことがあって、その資金獲得手段として事業を売却するなら意味がある。でも、やりたいことがないのに『売れたから売る』では、そこでおしまい」
ここで楠木氏が強調するのが「人生の長さ」という感覚だ。60代になって初めて実感するという、この長さは若いうちにはなかなか体に落ちてこない。
「明日明後日うまくいっても、その後の人生は続いてしまう。重要な意思決定の基準は、頭でわかっていても、体に落ちていないと、すぐどこかへ行ってしまう」
楠木氏が仕事をする上で大切にしている指針が、「微分よりも積分」というフレーズだ。これは彼が最も尊敬するという昭和の大女優・高峰秀子の言葉に由来する。
高峰秀子は途中できっぱり女優業を引退し、随筆家・文筆家へと転身した稀有な人物だ。彼女が遺した言葉に「大切なのは人気ではなくて信用」というものがある。
「人気とは、比較的近い2時点間の変化率の大きさ。バズや今週の再生数のようなもの。信用は、長い時間軸で人々が受け入れてくれた価値の総量、つまり積分値です」
そして決定的な指摘がこう続く。
「人気を求めて微分値を大きくしようとすればするほど、積分値は小さくなる。これは普通のこと。トレードオフなんです」
目先で当てようとすれば、自分を実際以上によく見せたり、できない約束をしたり、注目を集めるトピックに飛びついて独自性を失ったりする。これらはすべて、信用を毀損する行為に他ならない。
楠木氏は仕事を明快に定義する。
「仕事とは、自分以外の誰かに役立つ、価値を提供すること。それ以外は趣味です。釣りは趣味だけど、漁師は仕事。本当は漁師であるべきなのに、釣りをやっている人が多い」
事業を始めて間もないのに売却を前提に動く起業家。次にやりたいことがないまま値段がついたから売ってしまう人。彼らはみな「自分」を向いている。豊かな生活、人からの注目、ちょっと威張りたい欲求──すべてベクトルが内向きだ。
「仕事という視点から見ると、ただのダメな人。だからこの世の中で痛い目に遭う。痛い目に遭ってもわからない人は、本物のおバカさん。死ななきゃ治らない」
楠木氏は自著についても「ベストセラーよりロングセラー」を強く意識すると語る。Amazonランキングで瞬間的に1位になることより、長く読まれ、歴史の評価に耐える本を書きたい。それは会社経営にも通じる。株価やバリュエーションを過剰に高く見積もれば、期待外れに終わり、長期で繁栄できる会社にならない。
象徴的なエピソードとして楠木氏が紹介したのが、ダウンタウン・松本人志の若い頃の発言だ。漫才ブームが終わったタイミングでデビューした彼は、「もう一度漫才ブームが来ないかな」と言った同期に、こう返したという。
「お前バカか、絶対来ない方がいい。今ブームが来たら若手でも次々テレビに出なきゃならず、同じネタを何回もやって、稽古する時間もなく消耗して終わる。今ブームが終わっていてよかったじゃないか、まだ我々先は長いんだから」
「これは積分的な考え方。長くやっていこうと思う人なら、本来こう考えるのが自然です」
楠木氏が20代の頃、平均寿命は今より短く、定年も55〜60歳が当たり前だった。しかし今は70歳近くまで働く時代だ。仕事生活の長さは、昭和の頃より明らかに伸びている。
「みんな自分がずっと生き続け、何らかの仕事をやり続けるとわかっているのに、なぜ信用を破壊する人気取り行動に出るのか。そっちのほうが不思議です」
SNS時代、コンテンツの世界、本のタイトルや帯──9割以上が微分的な発想で作られているように見える。だが5年後、3年後に誰も覚えていない仕事を量産していて、本当によいのか。
「ちょっと落ち着きましょう、という話です。冷静になって、それでどうなるのって考えてみてほしい」
名誉欲やお金への欲望についても、楠木氏の見方は一貫している。
「自分のほうを向いている欲は、スケールの小さな欲。本当に大きな欲を持っている人は、自分なんかで収まりきらない。世の中にこういうものを提供しようという欲があれば、ベクトルは自然と外を向く」
ある人物が若者に「夢はマクラーレンに乗ること」と言われ、「それは夢じゃなく個人的な欲だ。勝手に乗ってください」と返したという逸話を紹介しつつ、楠木氏は「夢」と称される自分本位の欲望に警鐘を鳴らす。
受験勉強や就職活動で「いい大学」「大手企業」というタグを自分につけたがる発想も、本質は同じだ。受験生は教育サービスを買う「客」であって、価値を提供する側ではない。仕事になってからも客の発想を続けていれば、それは本来の仕事ではなくなってしまう。
楠木氏自身、30歳の頃に高峰秀子の本に出会い、「人気ではなく信用」という原理原則に触れて衝撃を受けた。それから30年以上、同世代の答え合わせを見るにつけ、彼女の言葉の正しさを実感しているという。
約束したら必ず守る。約束できないことは言わない。一発のホームランの後に続けてこそ本物のプロ。日々、打席に立って一本ずつ塁に出る──。当たり前のように聞こえるこれらの原則こそ、信用を積分的に積み上げていく唯一の道だ。
楠木氏は最後に、若い世代へこうメッセージを残した。
「皆さん、行き急がないでください」
人生は長い。仕事はもっと長い。だからこそ、目先の微分値ではなく、生涯にわたる積分値を信じて積み重ねていく──。経営戦略論の大家が説く、人生という最大のプロジェクトの戦い方である。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
