洗濯物自動折り畳みロボット「ランドロイド」で110億円を調達しながら破産に至ったセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ創業者・阪根信一氏が、資金調達の舞台裏、組織マネジメントの反省、破産当日の生々しい現場、そして再起までを赤裸々に語る。
洗濯物自動折り畳みロボット「ランドロイド」で知られたセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ。総額110億円を調達しながら破産に至った同社の創業者・阪根信一氏が、当時の意思決定と再起への道のりを語った。
破産申立日の朝、社員には前日夜に通知し、当日朝7時集合・10時半受理というタイトな段取りで進められた。社会保険を2か月滞納していたため、情報が漏れれば差押えに来られてしまう。再建者に資産を分配するためにも、最も世話になった株主や従業員に事前に謝罪することすら許されなかった。
「あんたバカですか、目を覚ましてくださいよ、ぐらいの勢いで言われました」と阪根氏は振り返る。前日に取締役会の招集通知を出すと、株主からは「何が起こっているのか」「明日の取締役会は何だ」と電話が鳴り続けた。しかし弁護士からは「絶対に出ないでください」と厳命されていた。
申立てが受理された3分後にはニュースが配信され、30分後にはYahoo!のトップニュースに躍り出た。日経新聞には「調達100億 夢の終わり」「金余りの誤算」という見出しで大きく報じられた。
阪根氏は米国の大学院で化学・バイオケミストリーを学び、コンピューターシミュレーションやAIを専門にしていた理系出身者だ。帰国後、父親が起こしたスタートアップで新規事業立ち上げを経験し、独立した。
セブン・ドリーマーズでは、医療機器のハイテク部品事業で年間1〜1.2億円の利益を出し、その半分を「ランドロイド」の開発に、もう半分をいびき・無呼吸症候群を解消するディスポーザブルデバイスの基礎研究に充てるという構成で、約10年間にわたり自己資金で基礎研究を続けた。
その後、AI×ロボット×家電BtoCというディープテック領域に本格参入するため、エクイティ調達をスタート。最終的に110億円を調達した。
ランドロイドは量産試験の手前まで仕上がっており、海外展示会でも発表できるレベルに達していた。だが量産金型を起こして販売に至るまでに、追加で40億円が必要だった。
「10億は集まったんですけど、残りの30億が集まらなかった」
人工衛星のボディ(カーボンコンポジット)を作る子会社は売上30〜40億円規模で利益を出しており、約50億円で売却できる見込みもあった。しかし投資家の3分の2はランドロイドの未来に賭けてくれていたため、その事業を切り離す選択肢は取れなかった。
中国企業との交渉で30億円調達の合意は破産半年前に取れていたが、デューデリジェンスや取締役会の日程が次々にずれ込んだ。最終局面では既存株主の「男前の大御所」が10億円の極度貸付枠を提供し、月々2億円ずつ取り崩して延命を図った。
阪根氏は月に一度、中国の地方都市まで進捗確認に飛び、毎回「乾杯儀式」に付き合わされた。「何も食ってないのに、まずこいつがちゃんと乾杯するかで人間を見極めるみたいな儀式が毎回毎回あって」。だが最後は時間切れ。中国側オーナーの予定変更で取締役会が5月10日から5月23日に再延期されることが決まった4月19日、阪根氏は破産を決断した。
阪根氏が最大の反省点として挙げるのが、チームビルディング、特に採用の入口管理だ。
「採用が大事だと分かっていたし、皆も言うし、自分でも分かっていた。でも、自分が思っていた『これぐらい重要だ』という認識よりも、はるかに重要だった」
カルチャーフィットしない人材が入っても、当時は無理に辞めてもらうことはせず、なんとかカルチャーに馴染ませよう、スキルを伸ばそうと努力した。だが結果として、それが組織を蝕んでいった。
最終的にグループで420人規模になっていたが、100人、200人を超えると廊下ですれ違っても名前が分からなくなる。「どんな事業をやっても、結局は組織」だと阪根氏は語る。
シリコンバレーで設立した当初、ベンチャーキャピタリストからは「3つの事業を同時にやっているならもう話を聞く意味がない」と5分でピッチを打ち切られた。あるキャピタリストからは「シリコンバレー中どこを回っても無理だ。1つに絞れ」と諭された。
しかし阪根氏はどの技術にも可能性を感じており、絞ることができなかった。日本に戻って調達活動を始めたところ、7社ほどが「違和感はあるが話は聞く」という反応を示し、結果的に資金は集まった。
「結末を迎えたとき、投資家さんたちはみんな正しかったと痛感した。経験者で優秀な方々がくれるアドバイスはちゃんと聞いておけばよかった。絶対にフォーカスしなければならない」
現在の事業ではワンプロダクト・ワンサービスに超フォーカスしているという。
株主に約束した事業計画を守ろうとするあまり、開発が遅れた際に挽回のための無理な投資を重ねたことも反省点だ。
「スケジュールを守るために投資家が認めるなら投資して挽回するのはいい。だが、適正にマネジメントできる範囲に限る。そこを超えてはいけない」
破産管財人(弁護士)の指揮下に入り、会社の資産はすべてその管理下に置かれる。利益を出していた人工衛星ボディの子会社、ランドロイドの試作機・部品・計測機器など、あらゆる資産を売却し、債権者に返済していく。債権者集会は7回開かれ、完了までに1年半を要した。
破産処理の山が越えた頃、阪根氏自身も体調を崩した。光熱が3週間続き、その後はメンタルが追いつかない。睡眠導入剤に含まれる精神安定剤を頼りながら、回復を待った。
最後の2年間、阪根氏は土曜日の2時間だけ子供と公園で遊ぶと決め、それ以外は仕事に没頭していた。家族にも破産は事前に告げられず、子供たちはニュースで知った。
だが後年、長男はこう言ったという。
「会社が潰れたことは良かった。もし切り抜けて大成功していたら『うちの親父すごいけど…』という状況になっていた。あれがあったおかげで家族が結束した」
破産後、阪根氏はステークホルダーへの挨拶回りに出た。20人に囲まれてひたすら謝る場面もあれば、「謝らなくていい」と握手とハグで迎えてくれる人もいた。「絶対に次挑戦してくれ」という声に背中を押され、再起を決意した。
2回目の起業は、為替変動リスクをコントロールするツール「トレードもカセソリューション」を開発・販売するgfit株式会社。共同代表として、海外取引企業向けに事業を展開している。
当時のCFOを含む2人がセブン・ドリーマーズから合流。「誠実さが伝わったということなのかもしれない」と阪根氏は語る。
業務委託や顧問アドバイザーの逆オファーが多数来る中、家族の生活費を確保しつつシードラウンドの資金調達に踏み切った。意外にも反応は良好で、「何もないよりは絶対に調達しやすかった」という。
阪根氏は最後に、自身のスタイル論を語った。
「エベレストに登りたいのか、富士山なのか、高尾山なのか。どれでもいい。でもまず自分が何を成し遂げたいかというゴールを明確にすることが大事。それによって進む道もアクションも決まる」
イーロン・マスクのような最高峰を目指すなら、何を言われても折れない心と壊れない体が条件になる。だが、もう少しマイルドな山ならスペックがなくても戦える。今の阪根氏が目指すのは「富士山より高くエベレストより低い」山──日本発のテック企業としてグローバルで戦うこと、しかし確実に生きてたどり着ける道だ。
組織づくりについては、物理空間をできるだけ一緒にすること、人数を増やしすぎず外注を活用すること、評価制度には経営陣の魂を込めることを挙げた。
「あるベンチャーキャピタリストに言わせれば、会社の評価制度を見た瞬間にこの会社が伸びるか伸びないか分かるそうです」
そして締めくくりに、こう語った。
「挑戦し続けることが本当に大事。失敗しても大丈夫です。死なないですから。命までは取られないので」
110億円を調達して破産した男の言葉だからこそ、その説得力は重い。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


2026/5/4

2026/3/24

2025/10/23

2025/8/25

2025/8/23

2025/7/27