受験ビジネスを手掛ける東大起業家と成田修造氏が、受験教育の意義や地頭の影響、学校という枠組み、医学部・法学部に優秀層が集中する構造、そしてAI時代に求められる人材像について本音で語り合った対談記事。
受験ビジネスに身を置きながら、受験教育そのものの価値を疑問視する東大出身の起業家と、成田修造氏、そしてもう一人の経営者(兄弟=慶應出身者と紹介)による対談。テーマは「そもそも受験という仕組みは、今の時代に必要なのか」という本質的な問いだ。
受験ビジネスを営む東大起業家は、対談冒頭で次のように切り出した。
「代々的に語られない『地頭』という概念、いわゆる先天的に持った能力の影響は大きい。にもかかわらず表立って語られないのは課題だと思っています。上限はある程度決まっていて、それ以上を高望みしてしまうと、親からのマウンティングが発生したり、その子のポテンシャルを超えた目標設定で悲惨な未来が待っていることもある」
そのうえで、自身のビジョンは「受験そのものではなく、勉強・学びを愛することに最も価値を置きたい」と説明する。一方で受験教育を事業として手掛けている理由については、「ROI(投資対効果)として極めて高いから」と語る。ポテンシャルを100%発揮できている人はほとんどおらず、分かっている人が見て50〜60%まで引き上げてあげるだけでも、本人にとって投資効果は大きいという。
成田修造氏はこの問いに対し、率直な見解を示す。
「僕らの時代は受験しか選択肢がなかった。でも今の時代に受験しているのは、ちょっとアホなんじゃないかと思うくらい。受験する理由があまりない」
受験生時代には「偏差値がその人の価値を決めるのではないか」と思ったこともあったと振り返りつつ、「あれは結局、洗脳だ」と切り捨てる。偏差値による序列化はいじめの誘発にもつながると指摘した。
もっとも、社会全体としては「与えられた仕事をきちんとやる人材」のニーズはまだ存在しており、受験的な訓練を積んだ人材の需要は当面残ると見ている。ただし、自分自身の生存戦略として選ぶなら、受験に重きを置かない方向に進みたいというのが本音だという。
受験勉強を通して身につく能力もある。過去問を分析し、傾向に合わせてパターンを構築するスキルだ。しかし対談では、「その代わりに『山っ気(やまっけ)』、つまり商売的な勘や攻めの感覚はむしろ封印されてしまう」という意見が出た。
結果として、受験エリートは「高卒で叩き上げの商売をしてきた人たち」のセンスにかなわないシーンが少なくない。学校教育のなかで60分間座って授業を受け続けることが苦痛だった経験を持つ登壇者は、「そういう子はどうすればいいのか」と問いかける。
返ってきた答えはシンプルだった。「行かなければいい」。部活動はクラブチームでも代替できる時代だ。学校という固定的な場に縛られる必要は薄れている、というのが共通認識だった。
では、小中高や大学はまったく不要なのか。対談では「中身を変えれば必要」という整理がなされた。
キーワードは「分野横断的かつ世代横断的な接点」。同世代の生徒が一人の先生から同一の場所でひたすら受験マシンとして仕上げられていく構図はもう要らない。一方で、こうした対談コンテンツに触れたり、中高生が多様な大人と交わる場に参加したりすることには価値がある。興味があればスタディサプリやYouTubeで自学し、サードプレイス的な塾で学ぶ――そちらのほうが本質的だ、という見立てだ。
大学についても同様で、「設備が必要で、優秀な人が集まるべき場所」という研究機能こそが本来の役割だという。にもかかわらず、現状はその本当の価値にお金が回っておらず、研究者は経済的にカツカツの状態に置かれている。「バイアウトして経済的に何の不安もない状態で、忖度なく真の研究をしてほしい」という声も出た。
クレイグ・ベンター氏が大学に規制されず民間資金でヒトゲノム解析の巨大プロジェクトを進めた事例にも触れ、「Googleやディープマインドのほうが、大学より研究できる時代。SpaceXのほうが大学より宇宙開発できる」と、研究の主役が移りつつある現実が指摘された。
話題は、優秀な人材がなぜ医学部や法学部に集中するのかにも及んだ。
「あれも洗脳ではないか」――対談ではそう断じられる。「医者だからかっこいい」というイメージで進路を決めてしまう構造そのものへの違和感だ。実際、医者になった友人で「自分の人生はこれで本当によかったのか」と悩むケースは少なくないという。人の命を直接救う仕事は反論しづらい大義名分を持つだけに、自分が本当にやりたいこととのギャップに苦しみやすい。
さらに、東大の医学部関係者や複数の医学部出身者へのヒアリングを踏まえて、こう語る。
「医療の現場で、いわゆる理数的な能力が極めて重要になる場面はほぼない。どちらかというと暗記科目で、社会科のようなもの、という意見が大半だった」
それだけの能力があるなら、NVIDIAのような半導体企業に行ったほうがいいし、AI開発に向かったほうが国力になる。診断業務はAIが半分ほどを担うようになる流れもあり、弁護士業務も含めて「パターニングの勝負」になる領域に、最も優秀な層が殺到し続ける合理性は薄れていく――そんな指摘だ。
対談を通じて浮かび上がるのは、「偏差値競争という枠組みの中で上位を取る」のではなく、「枠組み自体を新しく作る」側に回るべきだ、というメッセージだ。
「それができるのは、能力的には東大生や慶應生だと思う。でも今の日本では、その人たちがそちらに行かない」
超優秀な人材が、自分にできることを器用にこなして社会の抜け道を取りに行くだけの存在になってしまっている――そう指摘する一方で、対談に集まった経営者たち自身は東大・慶應を出て一般的なキャリアから外れた道を歩んでおり、「その時点でかなり先進的」とも語られた。
人生のボトムラインが学歴である程度決まってしまっている層だからこそ、その上で何にチャレンジするかが問われる。次の一手として「本当に面白いこと」をやってほしい――そんな期待を交わしながら、対談は締めくくられた。
受験ビジネスを営む当事者自身が、受験教育の構造的な限界を率直に語った今回の対談。論点はシンプルだ。
- 学力は必要だが、「受験」という手段が最適とは限らない
- 学校・大学は中身を変えれば価値があり、特に大学は研究機能にこそ存在意義がある
- 医学部・法学部信仰は再考の余地があり、AI時代には半導体・AI・宇宙といった領域に優秀層が向かうべき
- 既存の枠組みで上位を取るのではなく、枠組み自体を作り直す側に回ることが、トップ人材に求められる役割
受験ビジネスのプレイヤーが「洗脳で成り立っている市場」と自ら認めながら、それでも事業として向き合う理由。そして、その先にある教育観の転換。M&Aや経営の文脈にも通底する「枠組みを作る側に回る」という視点は、事業承継や新規事業を考える経営者にとっても示唆に富む内容だった。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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