1996年創業のさくらインターネット代表・田中邦博氏が、株式比率の希薄化、債務超過からの復活、ラックマネジメント、時間の使い方まで、28年の経営で得た学びを若手起業家に向けて語る。
1996年に学生起業し、2005年に上場、その後債務超過と上場廃止の危機を乗り越えて時価総額2,000億円超まで成長させたさくらインターネット代表の田中邦博氏。本記事では、田中氏がM&A CAMPに登場し、創業初期の経営者が陥りがちな失敗、上場後のマインドセット、そして会社を強くするための「ラックマネジメント」について語った内容を再構成してお届けする。
田中氏は創業当初、約70%の株式を保有していた。しかし現在の保有比率は15%弱。今回の10%希薄化を伴う増資後はさらに13.5%程度まで下がる予定だという。
「株を売ったわけじゃなくて、希薄化して減っていった」と田中氏は振り返る。きっかけのひとつは、創業から半年〜1年目に出会った人物に株を譲ったこと。その後、合併に至った際には持株比率を相手と同等に調整した。創業メンバーにも、ストックオプションではなく実際にリスクを取って出資してもらう形で株を持ってもらった結果、創業者の持株は30%前後まで落ち着いていったという。
VCからは累計で約10億円規模の出資を受け、2005年に上場。当時は時価総額100億円超の初値がつき、比較的大きな規模での上場を果たした。
M&AにおいてもIPOにおいても、ゴールに到達した瞬間に経営者の熱量が下がるケースは少なくない。田中氏自身、上場時点で20%しか株を保有しておらず「もっと株価が上がるはず」と売却を見送っていた。
しかし上場から数ヶ月後、ライブドアショックを契機に株価が急落。リーマンショックも重なり、上場時に100億円以上あった時価総額は10億円台まで落ち込み、債務超過に転落した。
「今の時価総額が2,000億円ぐらいですから、当時は今の200分の1だった」
田中氏は、株主比率が低い経営者ほど短期的な利益還元の圧力にさらされやすく、本来の事業目的から離れてしまう構造的な難しさを指摘する。一方で、「中長期で投資をして株価を上げ、利益を出して大きな配当を出していくほうが、長期保有の株主にとっては絶対に得」とも語る。
債務超過に陥った時、田中氏は個人で4,000〜5,000万円を借り入れて補填した。当時は株券の現物が存在した時代で、大量の株券を引き出して個人投資家や経営者仲間のもとに手渡しに行き、それを担保に金を借りた。
「本当に返せなかったら全部パーになる。20%まで下がっていた持株すらゼロになる勢いで借りに行った」
電車に乗って朝から金を借りに行く日々。「楽しそうにしている人もいるのに、自分は資金繰りか」と思いながらも、第三者割当増資、監査法人の監査証明、株価のじりじりとした回復が積み重なり、最終的に管理ポスト入りを回避した。
この経験から田中氏は、新規事業を急拡大させたこと、責任者を不明確にしたまま子会社をほったらかしにしていたこと、上場時に十分な資金調達をせず自己資本が薄かったことを失敗として挙げる。
「会社が潰れるのは赤字じゃなくてお金がなくなった時。だけどお金も、社長の精神が繋がっているうちは何とかできる」
債務超過の渦中で踏ん張れた理由について田中氏はこう語る。経営企画やメンバーから「田中さんが無理だというならそれでいい。やるならついていきます」と声をかけられたエピソードも、経営者の心を支えた。
一方で、田中氏は「精神がおかしくなるところまで踏ん張るべきではない」とも釘を刺す。実際に自殺した起業家を間近で見てきた経験から、自身が主宰するコミュニティ「田中ブラザーズシスターズ」のメンバーには、必要なら現金を貸すこともあると言う。
田中氏は「成功の秘訣は後付けでしか語れない」と前置きしつつ、それでも条件を3つ挙げる。
1つ目は運。GPU生成AIブーム、経済安全保障、半導体への資金投入、ガバメントクラウド——「全ての縁が重なった部分に当社だけがいた」と田中氏は言う。
2つ目は人の繋がり。業界団体や経営者団体での関係性が、チャレンジする力や政策提言の力を生む。
3つ目は熱量。さくらインターネットがGPUクラウドに早期参入できたのも、ガバメントクラウドの3年前から準備していたのも、「コンピューティングリソースを安く多くの人に届けたい」という創業時から変わらない想いがあったからだという。
「この3つはGoogleで検索できない。自分でやるしかない」
田中氏が重視するのが「ラックマネジメント」だ。これは起きた出来事を「運が良かった」と捉えるか「悪かった」と捉えるかというメンタリティの話である。
債務超過になったことを「運が悪い」と捉えるのではなく、そこから立ち直れたことを「運が良い」と捉える。持株比率が15%しかないことを嘆くのではなく、時価総額が上がれば数百億の評価になることを「運が良い」と捉える。
もうひとつ重要なのは、自分の実力で成し遂げたと思いすぎないこと。「番頭になると慢心になる。あくまで周りの人のおかげ、運が良かったと思うこと」
そしてベストを尽くしたかどうか。「結果が失敗でも、やり切ったと思えればそれは失敗じゃない」
田中氏の時間の使い方は、千葉道場の千葉孝太郎氏も注目した独自のメソッドだ。基本ルールは「1週間より先の予定をなるべく入れない」こと。
田中氏はこれを古いゲーム「チタバンバン」(板を1枚ずらしながらコースを作るゲーム)に例える。1枚空いていないと板が動かせないように、スケジュールに余白がないと調整ができない。チャンスが来ても2ヶ月先しか入れられない経営者は、機会を逃しやすい。
「明日の朝なら入れられますよ、と返せると話が早い。スループットも良くなる」
直前まで予定が空いていれば、原稿執筆や審査資料のインプットなど、相手のいない仕事に充てることもできる。心の余裕は意思決定の冷静さにも繋がる。
田中氏は個人で約50社にエンジェル投資を行っている(現在は手の問題で受付停止中)。社外取締役を務める某社の話として、「20社に1社は成功する。でも多くの人は20社まで投資せずやめてしまうから、平均成功率が1.0を切る」と紹介する。
スマレジの山本氏や、損害保険免許を取得した山岳地図アプリ「ヤマップ」の春山氏など、田中氏のメンタリングを実践した経営者が成果を出している。「アドバイスを生かすかどうかは本人次第」と語る一方で、コミュニティ「田中ブラザーズシスターズ」では合宿やピッチコンテストを通じてペイフォワードの輪を広げている。
上場しやすい日本市場について、田中氏は「上場企業家を多く生むこと自体は応援したい」としつつ、上場後のマインドセットを問題視する。
「上場時の株価を10年間取り戻せない会社は珍しくない。当社も10年間取り戻せなかった」
スモール上場から100億円超え、1,000億円超えへと成長していくためには、公募増資による資金調達と再投資のサイクルを回す必要がある。しかし多くの上場企業はそれをしない。「資金調達の必要がないというより、必要なような事業計画を立てていないだけ」と田中氏は指摘する。
最後に、創業5年以内・売上1〜5億円規模の経営者に向けて田中氏が伝えたのは「一緒に成長できる仲間をいかに作るか」ということ。
田中氏自身、Entrepreneurs' Organization(EO)のプラチナムチャプター会長を務め、ソフトウェア協会の会長としてコーエーテクモホールディングスの襟川氏やOBCの和田氏といった先輩経営者と関わる。沖縄ではイノベーションベースの立ち上げにも関わっている。
「困難を乗り越えることよりも、『このままでいいか』というマインドを成長に切り替えることのほうが難しい。みんなが成長を目指している場所にいると、成長するのが当たり前になる」
人は環境に染まる。だからこそ、本気で成長を志す経営者の輪に身を置くことが、創業期の経営者にとって最大のレバレッジになる——田中氏のメッセージはそう締めくくられた。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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