DMM創業者・亀山敬司氏が、10人規模のベンチャー経営者に対し、組織づくりの本質と経営者・企業家の違いを語る対談。リーダーの器、社員のロイヤリティ、プレイヤーと経営者の役割分担まで、組織拡大の壁を超える思考法を解き明かす。
DMM.comの創業者・亀山敬司氏のオフィスを訪れた、株式会社ダイヤリーの瞬氏と西尾氏。社員10人規模の組織で直面する課題について、亀山氏に率直に相談する場が設けられた。
亀山氏が最初に語ったのは、自身の創業初期の話だ。「元々社員になりたい人なんていなかった。アルバイト募集で人を集めるしか手がなかった」。ビデオレンタル時代から始まった採用は、夜だけ働きにくる兼業者や昼のパート主婦が中心だった。一般的なスタートアップが掲げる「ミッション・ビジョン・バリュー」とは無縁の世界だったという。
アルバイトとして入ってきた中で「ちゃんとやっているやつ」を店長に登用し、その後社員にしていく。亀山氏の組織は、こうした「成り上がり型」の積み上げで形作られてきた。
10人規模では、社長と社員が直接コミュニケーションを取れる。だが亀山氏は重要な指摘をする。「会社へのロイヤリティなんて、意外と合ってないような概念。誰に対して持つかというと、結局は直属の上司」。100人規模になれば、社長と密になるよりも中間リーダーとの関係性が決定的に重要になる。
組織拡大の最大の制約条件として亀山氏が挙げるのは、リーダー自身の「器」だ。
「リーダーが自分の器を超えたものは部下にならない。自分が人間力もスキルも含めて100だとしたら、部下は10とか30。でも、もし部下が120点になったら、もう収まらない」。リーダーが120の部下を抱えるには、自分が150になっている必要がある。そうでなければ、その優秀な部下は離れていく。
よくあるパターンとして、亀山氏は「10年前と何も成長していない上司を見て、部下が見限るケース」を挙げる。見捨てられた側は「育てた部下に裏切られた」と感じるが、実態は給料の問題か、自分の器が足りなかったかのどちらかだという。
この話を受けて、西尾氏は「ミッションやビジョンも大事だけれど、結局は人間関係で成り立っている部分の方が大きい」と実感を語る。亀山氏も同意する。10人規模の会社には将来性の保証も高給もない。それでも社員が留まる理由は「上司から学べるか」「尊敬できるか」「人間的にどうか」しかない。
瞬氏は「自分は引っ張るタイプではなく、一緒にやろうよ型。リーダーに向いていないのでは」と漏らす。これに対し亀山氏が返したのは、意外な視点だった。
「むしろそっちの方が、リーダーとして大きくなりやすい」。「俺についてこい」型のリーダーは、自分のスキルの上限が組織の上限になる。一方、自分にスキルがない領域でも「ここは君の専門だからよろしく」と任せられるリーダーは、無限に広がる可能性を持つ。
亀山氏は自身を「オーケストラの指揮者」に例える。「ピアノは絶対勝てないけど、指揮はできる。この楽器とこの楽器を組み合わせたらいい曲ができる、ということだけまとめられればいい」。自分にスキルがなくても、各分野のプロを束ねられれば、結果として組織の総力は10にも100にもなる。
さらに踏み込んで、ネット時代の経営観に話は及ぶ。「1人で何かを作ろうとしても限界がある。でもネット上で繋がった何人かの能力を結集すれば、1人ではできないものが作れる。経営も同じ。1人だけ優秀なやつと、めちゃくちゃ繋がる馬鹿なやつなら、後者の方が結果的に大きくなる」。
相談の核心に話が移る。瞬氏は、自身がメディア事業の最前線でプレイヤーとして動いてしまっていること、そして組織として動かそうとしているのに「自分が動いた方が成果が出る」状況の難しさを打ち明ける。
亀山氏自身も10年前、メディアに出始めた頃に同じ葛藤を経験したという。「会社の宣伝のためにメディア出演を始めたが、ちやほやされるのが楽しくなって、本業より対談を優先しそうになった」。脳内報酬が早いからだ。だが亀山氏は最終的に経営側に戻り、メディア出演を絞り込んだ。
亀山氏は瞬氏にストレートに問う。「経営者になりたいのか、YouTuberになりたいのか。どっちを主食に置くかは大きな問題。多分それが中途半端だから現場が混乱している」。
経営者を選ぶなら、対談は西尾氏中心で回すという選択肢もある。逆にプレイヤーを選ぶなら、経営を任せられる人間を集める必要がある。「自分が言いたいことがあっても、広報からダメと言われたらやめる。会社に目を向けるとは、そういうこと」。
瞬氏が「今、社長中心が9割で全部の決済が来る状態」と語ると、亀山氏はその構造的リスクを指摘する。
「1人のクリエイティブに頼っている会社は、構造的にすごく怖い。クリエイティブは絶対に落ちる。どんないい音楽もゲームも、いつまでもヒットを出し続けるのは難しい」。
ここで亀山氏は「企業家」と「経営者」の違いに踏み込む。スティーブ・ジョブズのようなクリエイター型経営者は世界的には稀な特殊例で、基本的に経営者には「人格者」であることが求められる。なぜなら経営とは、社員の生活を守り、コミュニティを継続させる仕事だからだ。
「ジョブズも一度Appleを追われた。彼が戻らなかったら、今のAppleは画期的なものは出せなくとも、人格者の経営者が継続的に運営していたはず」。クリエイティブの瞬発力と、組織の継続性は別の能力なのだ。
瞬氏は自己分析として「今は企業家・クリエイターより。なりたいのは経営者だが、自分の強みを活かすなら経営チームを作るべきかもしれない」と語る。亀山氏の答えは明快だった。
「企業家が経営者を続けなくてもいい。役割を分担する形もある」。亀山氏自身、DMMでは「客寄せパンダ」的な存在として外向けの動きを担い、現場の運営や90%の社員のマネジメントは社長やCFOら別のメンバーが担っている。「俺は会長なわけよ。社長がやっている」。
会社の方向性は経営会議で決めるが、日々のクレーム対応や採用、社員の育成といった現場運営は学術的で公正な判断ができるメンバーに委ねる。これが亀山氏のスタイルだ。
対談の終盤、亀山氏は経営者の視座について重要な点に触れる。
「会社は人間の生活を見て、コミュニティを守るもの。いいものを作ろうの前に、この人間の10年先・20年先を考えないと経営にならない」。
今は20代中心の組織でも、10年経てば30代・40代になる。AIや新しいトレンドについていけなくなる社員も出てくる。その時、別の仕事を用意できるか。亀山氏のグループが過去に手がけた就活ネットや農業など多角化の試みは、結果的にうまくいかなかった事業もあるが、社員の長期的な雇用先を考える経営判断の表れでもあった。
結論として、瞬氏は「自分の本能的な欲求と会社の成長を紐づけたい」と語り、組織づくりを西尾氏に委ねる方針を共有した。亀山氏は西尾氏に「君が社長になる将来もある」と伝え、考えるのが楽しいうちは適性があると後押しした。
「社長は1人では何もできない」。瞬氏が締めくくった言葉が、この対談の本質を端的に表している。プレイヤーとしての才能、経営者としての人格、組織を継続させる仕組み──それらを誰がどう担うかを設計することこそ、規模拡大期の経営者に問われる仕事なのだ。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
