売上5億円規模からマンパワー経営を脱し、再現性のある組織へ。キーエンス出身で『価値の作り方』を著したタジ氏に、付加価値の本質、ニーズの取り方、そして「忘れる」に対抗する仕組みづくりまで、中小企業が成長するための原理原則を聞いた。
大学卒業後にキーエンスへ入社し、その後一度独立してすぐに失敗。26歳のときに「家なし、金なし、家族あり」の状態に陥ったというタジ氏。そこから飲食業のオーナー社長に拾われ、ゼロイチで事業を立て直したのち、再び独立して7年目を迎えている。
「めちゃくちゃうまくいっている会社、まあまあうまくいっている会社、ちょっとうまくいっている会社、全くうまくいかない会社──それぞれの階段が分かる状態になった」と振り返るタジ氏。今はその経験を活かし、コンサルティングや研修を提供している。
キーエンスについて、タジ氏は「内部にいるだけでは何がすごいのか分からない」と語る。退職して他社と比較して初めて、その本質が見えたという。
多くの会社は「価値を出そう」とするとき、たくさんの人の時間と資本を使う。しかしキーエンスは違う。ホームページにも明記されているとおり、「最小の資本と人で最大の価値を生み出す」ことを鑑定としている。
「他の会社は付加価値を生み出すと言っても、『最小の資本と人の時間で』とは言っていない。この違いがいくつもあって、その結果として利益が高くなる仕組みをたくさん持っている」とタジ氏。利益を直接追うのではなく、利益が高くなる構造を設計しているのがキーエンスの強みだという。
コンサルティングで企業を見るときに重要なのが、ポジショニングそのものを問い直すことだ。商品価値とは「誰がいつ何のために使い、どんな問題を解決し、どんな利益をもたらすのか」で決まる。しかし、その商品価値を他社に決められてしまっているケースがある。
典型例が大企業の下請けの下請けの下請けだ。「大企業が価値を決めているので、こちらから提案する余地がほとんどない。AIでコスト削減するくらいしか打ち手がない」。経営者として本当に考えるべきは、コントロール権のない場所に留まり続けるのか、別のポジションに移るのか、という意思決定だとタジ氏は指摘する。
目の前のことに集中するだけでなく、自社の立ち位置を俯瞰して構造的に捉える視点が欠かせない。
人材育成の重要性については誰もが頷く。しかし日本企業が実際に投じている金額は、売上の1〜2%程度に過ぎないとタジ氏は言う。
「年商10億円の会社が人材育成に1,000万〜2,000万円を使っているかというと微妙。ところが会社の仕組みづくりとなると1億円、マーケティングとなると2億円を投じる」。本当に人材を大事にしているのか、数字に向き合うと見えてくる現実がある。
キーエンスは社員数が意外と少ない。本体は2,700〜2,800人、グループ全体でも1万人ほどで売上9,000億円規模を支えている。同じ規模の電気メーカーが10万人、通信会社が30万人を抱えるのと比べると、いかに凝縮された組織かが分かる。
その代わり、一人当たりの役割は広い。無駄な業務は自動化され、営業は営業に集中できる。バックオフィスも互いに貢献し合うフード・仕組みが設計されている。「自分のためにマクロを作るのは意味がない、それなら営業のために作りなさい」という発想で、ワンチームの合理性が徹底されているという。
キーエンスの理念には「市場原理・経済原則で考えなさい」という教えがある。タジ氏の解釈では、市場の原理とは顧客の原理であり、顧客にとってどんな価値をもたらせるかを考えること。そして最も収益が上がる経済原則で考えること。この二つを両立させようとすると、自分本位ではいられず、会社全体での最適を考えざるを得ない。
再現性を持って成長する会社の根本には、ニーズの取り方の精度がある。タジ氏は、ニーズを「裏のニーズ/背景/顕在ニーズ/潜在ニーズ」と「自社/顧客」の軸で2×2×2=8象限に分けて捉える。
この中に、顧客に突き刺さる「ソリューションニーズ」が必ず存在する。トップセールスは経験的にこれを掴んでいるが、多くの場合「自分は再現できても他人に教えられない」状態だ。結果として、営業100人のうち成果を出せるのは10人ほどで、残り90人は再現できない。
「情報を共有したい」と多くの会社が言うが、ただの情報共有では意味がない。仕事の成功のツボをピンポイントで言語化し、最も成果が上がるナレッジとして共有する必要がある。キーエンスはここが周到だとタジ氏は語る。
売上5億円までを社長のマンパワーで伸ばしてきた会社が、再現性ある組織へ移行する際にまずやるべきこと。それは「なぜ5億円まで売れたのか」を振り返ることだ。
タジ氏が経営者に「お客様はなぜあなたから買っていますか」と聞くと、ほとんどが「うちの強みはこうで……」と語り出す。だが、これは質問への回答になっていない。「売れていると思っている理由」と「実際に買われた理由」は違う。
顧客に直接聞いてみると、「親しくしているから、どこでも良かったがこの会社にした」という関係性の理由が出てくる場合もあれば、「この機能が自社の使用用途にぴたりと合って生産性が上がるから」と、明確な機能価値が出てくる場合もある。後者であれば、同じ使用用途を持つ会社に横展開できる。
振り返るのは自社の数字だけではなく、顧客側の論理だ。顧客のどんな問題を解決し、どれだけの利益をもたらしたのか。なぜその利益が生まれたのか。ここを言語化できれば、横展開可能な勝ちパターンになる。「これを長年振り返っている人は圧倒的に勝つ。でも徹底できている会社はほぼない」。
振り返りの仕方が100人いて100人バラバラなら、組織学習は起きない。うまくいくセオリーの振り返り方を全員で実践することで、成約率・成約単価・アポ率といった指標を同時に押し上げられる。
多くの会社では誰かがアポ率を上げた後、別の誰かがゼロから成約率向上のセオリーを探さなければならない。組織で勝負するとは、知見のシェアの仕方そのもので勝負すること。なぜ売れたかを人の要素まで分解し、ナレッジとして共有する。社長一人が頑張るのではなく、現場社員やWebマーケティングの担当者が「なぜ買ってくれたのか」を分析する仕組みが要る。
タジ氏が研修で語る成長のポイントは三つある。一つ目は、振り返りの仕組み。多くの会社はPDCAを掲げながら、実態は「PPP」や「DDDDD」になっている。CA(チェックとアクション)をしている会社は100人中10人もいない。
二つ目は、より根源的な仕組み──「忘れることに対抗する仕組み」だ。
「人は忘れる能力がある。これは悪いことではなく素晴らしいこと。大変な思いの記憶が全部上がってきたら、感情を制御できなくなる」とタジ氏は言う。だからこそ、覚えておくべきことを覚えておくための仕組みが必要になる。
例えば会議。月に一度、いつどこでやるかを事前に決めておけば、忘れようがない。顧客から何か頼まれたとき、その場でメモを取り、すぐにカレンダーに予定を入れる。多くの人はメモも取らず予定も入れないため、1時間後には「何か言われた気がする」となり、3日後にクレームが来て、1週間後には「あなたのことが嫌い」と言われる。
忘れない仕組みが組織に浸透しているか。ここが学習機能を左右する。大企業には人事部が研修の1週間後・1ヶ月後に経過報告をさせる仕組みがあるが、中小企業ではそれがない。だから「いいものを受けたな」で終わり、社長だけが学びを蓄積していく。
三つ目のポイントが「何を学ぶか」、すなわちコンテンツだ。粗利益率や粗利益の量を上げるためのコンテンツとして、セールス・マーケティング・商品力強化が一般的だが、これが効かない会社もある。先述の下請けの下請けの下請けのようなポジションだ。
そうした会社では、業務改善系・DX・AIといったコスト構造改善のコンテンツが先にくる。利益が出れば、それを再投資して次の戦略に進める。自社の状況に合わせて、人材をどう変えていきたいのかから逆算してコンテンツを設計することが重要になる。
キーエンスに代表される再現性の高い経営の根本には、「最小の資本と人の時間で最大の価値を生む」という観点、ニーズを8象限で精緻に捉える分析力、お客様視点での振り返り、忘れることに対抗する仕組み、そして自社に合った学習コンテンツの設計がある。
売上5億円の壁を社長のマンパワーで超えてきた会社こそ、ここから先は「なぜ売れたか」を顧客に聞き、勝ちパターンを言語化し、組織で共有・運用する仕組みづくりに投資する局面に入る。原理原則に立ち返ることが、結局のところ最短ルートになる。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです
