M&A仲介の現場で多くのディールに携わる日本M&Aセンターの竹葉聖氏に、会社を高く売るために経営者が今から準備すべきことを聞いた。経営者の魅力、月次決算、事業計画、資本政策など、バリュエーションを左右するポイントを解説する。
ベンチャー企業の経営者として一部事業を譲渡した経験を持つMA CAMP運営者のしゅ氏が、日本M&Aセンターの竹葉聖氏に「会社を高く売るために今からできること」をテーマに話を聞いた。本記事では、売り手目線でバリュエーション(企業価値評価)を高めるために必要な要素を、現場のM&A仲介者の視点から整理する。
従来の事業承継型M&Aでは、製造業や食品など歴史ある産業の企業が中心で、株式評価は資産に営業権を上乗せする方式が一般的だった。利益の5年分を目安とするケースも多く、過去の実績をベースにした評価書が主流だった。
しかし近年は、足元の売上は出ていなくても成長率のあるスタートアップが増えている。こうした企業の評価ではDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法:将来の事業計画から導かれるキャッシュフローを現在価値に割り引いて算出する手法)が用いられることが多い。未来を織り込んだ価値評価が、現代のM&Aの一つの軸になっている。
小規模の会社や立ち上げたばかりのサービスでは、資産がほとんどなかったり赤字であったりするケースも多い。竹葉氏によれば、赤字の中身が重要だという。広告投資による赤字なのか、ハードの仕入れで生じている赤字なのか、いつでも絞れる費用なのか、あえて成長を優先して黒字化していないのか。買い手はその構造を細かく見ている。
竹葉氏が「ハイバリュエーションがつく案件の共通点」として真っ先に挙げたのは、経営者そのものの魅力だった。
M&A後にやる気が出ている経営者は決して多くない。「事業を5年6年やってきて飽きたから株を売って違うことをやりたい」というオーナーと、「もっと成長スピードを上げたいからどこかの傘下に入ろう」というオーナーでは、ディール後のコミットメントがまったく違う。後者の方が、買い手から見ても魅力的に映る。
M&Aは買い手にとっては複数回の経験を通じてラーニングが効く一方、売り手にとっては基本的に人生で1〜2回の出来事だ。だからこそ売却後の解像度が低くなりがちで、経営者のコミット力や人を惹きつける力は、まるで「面接」のように評価される。実際に竹葉氏が仲介したディールでも、優総ホールディングスに参画した経営者の事例など、エネルギーが圧倒的な経営者ほど高い評価につながっている。
バリュエーションに直結する、経営者個人の資質に依存しない要素として竹葉氏が挙げたのが「月次決算」と「事業計画」だ。
毎月の数字がすぐに出てくる経営者は、業績が良くキャッシュが回っている会社が多い。逆に管理会計をきちんと運用している中小企業はほぼないというのが竹葉氏の実感だ。多くの会社は売上から販管費を引いて営業利益を出すだけで、売上原価を細かく計算している会社は少数派だという。
もう一つ重要なのが事業計画だ。DCF法では将来計画を割り戻して企業価値を算出するため、過去から事業計画を作り続けてきた会社には説得力がある。「過去の計画に対してこの進捗だったから、将来もこれくらい達成できる」と語れる企業は、買い手の検証にも耐えやすい。
しかし、事業計画をきちんと作っている企業は1〜2割程度。多くの経営者は手が回らないのが実情だ。日本M&Aセンターでも、毎週の面談の中で経営者と一緒に事業計画を作るプロセスを支援しているという。
M&Aを見据えた経営において、資本政策の重要性も大きい。竹葉氏のアドバイスはシンプルだ。「株はカンパニーを渡さない」。会社の株を渡すことは自分の体を半分ちぎって渡すようなものであり、株主を広げすぎないことが基本になる。
株式での調達は同じ資金調達でも借入れとは意味合いがまったく異なる。借入れで対応できるケースであれば、安易に株式での調達に走らない方がよい場面は多い。
M&Aの実務上、9割の株式を保有していれば最終的に強制的に買い取る手続きも可能だが、それは最後の手段だ。多くのケースで一部の株主が反対すれば売却そのものが難しくなる。買い手側も基本的には100%、あるいはそれに近い水準を取りに来るため、株主が分散していると交渉の前提条件が大きく変わってしまう。
買い手の視点としては、利幅の大きいビジネスかどうかに加え、シェアを取り切ったときの事業規模が問われる。グループに入ってリソースを投入したとき、最終的に10億で頭打ちなのか、100億まで伸びるのか ― その「天井の高さ」を買い手は見ている。
上場企業の場合、IR上のセグメントの一つを担えるレベルかどうかも重要な評価軸だ。たとえ売上1〜2億の小さな会社でも、シナジーが効いて株価が10億上がるなら買い手にとって魅力的な投資となる。
買い手のタイプによっても評価軸は変わる。ファンドはイグジット期限内にバリューアップする時間軸で投資判断するのに対し、事業会社は基本的にイグジットを前提としない。事業会社だからといって必ずしもハイバリュエーションになるわけではなく、10億未満であれば即決もあり得るが、30億や100億のレベルになると慎重に評価される傾向がある。
結局のところ、評価を左右する根幹は「真面目に商売をしてトップラインが伸びているかどうか」に尽きる。
「10年かけて伸びます」という説明と、「2〜3年で伸びます」という説明では説得力が大きく違う。短い時間軸での成長を語れる方が、買い手の納得感は高くなる。5年間伸びていなかった事業が突然6年目から伸びるというストーリーは、現実には説得力に欠ける。経営者は来期への期待を語りがちだが、上振れて推移するケースは多くないのが実情だ。
最後に竹葉氏は重要な指摘をした。ハイバリュエーションで売却しても、お互いが幸せになっていないケースの方が多いのではないか、という見方だ。
高い金額の裏には厳しい条件がついてくることが多い。M&A後に売り手側が背負う精神的・時間的負担が大きくなりすぎ、結果として「お金よりもそちらの方が意外に大事だった」と気づく経営者は少なくない。
会社を高く売ること自体は経営者の正当な目標だが、その先に続く人生や事業との関わり方も含めて、ディールの設計を考えることが、本当の意味での「いいM&A」につながるのかもしれない。
※本記事はYouTube動画を元に編集部で再構成したものです


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